ふたつのさくら

菖蒲の声が、少し焦ったものになった。

『朔羅?お前今、なにして……』

「母さんが、死んだ。」

『……は?』

菖蒲の声からも感情が消える。

タクシーが止まり、ドアが開いた。

ふらつく足取りで外に出て、目の前の建物に向かう。

菖蒲はなにも言わなかった。

隣の市の警察署に入ると、目の前にある受付の人に声をかけられた。

「こんにちは。本日のご用件は、なんでしょうか。」

携帯を耳に当てたまま答える。

「……徒野です。徒野呉羽の息子の……」

受付の人の表情が変わった。

すぐにどこかに連絡をとって、奥の方から別の人が出てくる。

「こちらに。」

僕はその人について行った。

『……朔羅。』

菖蒲が、声をかけてきた。

感情のない声じゃなくて、怯えたような声だった。

『お前、今、どこだ?』

ひとつの部屋の前にやってきた。

「ひとまずこの中で待っていてください。」

僕は頷いて部屋に入った。

どうやら会議室のようで、四角く並べられた長机と、椅子が8脚置いてある。

その中のひとつには、すでに先代が座っていた。

先代はチラリと僕を見ただけで、なにも言わなかった。

リュックを床に置き、先代から1番遠い椅子に腰掛けながら、菖蒲の問いに答える。

「警察署。隣の市の。」

相変わらず声に感情は乗らなかった。

菖蒲は少し考えるような声を出して、僕に聞いてきた。

『先代さまは一緒か?』

扉が開き、僕を案内した人が入ってくる。

「一緒。」

その人は、僕ら2人に向けて言った。

「……これから、遺体の確認をしていただきます。ついてきてもらえますか?」

僕と先代は立ち上がる。

『朔羅、このあとのことは……』

「ごめん、切るね。」

何か言おうとした菖蒲を遮って、電話を切った。

携帯をポケットにしまい、先代に手を貸しながらついていく。

連れて行かれたのは、慰安室と書かれた部屋だ。

ポケットで携帯のバイブ音がする。

携帯の電源を切った。