ふたつのさくら

ことが起きたのは3時間目、古典の時間だ。

寝そうになるのを堪えながら岡崎先生の話を聞いていると、いきなり教室の扉が開けられた。

「失礼します!徒野朔羅くんはいますか?」

え?僕?

入ってきたのは名前も知らないような若い男の先生だ。

いやもしかしたら事務員さんなのかもしれない。

誰でもいいんだけど、その人は焦ったようにそう言った。

岡崎先生は、乱入者に困惑しながらも、僕のほうを指さして答えた。

「へ?徒野ならあそこにいますけど……どうしたんですか?」

その人は先生の質問には答えず、僕に近づいてくる。

そして僕の耳元で、僕だけに聞こえるように言った。

「警察から、お母さまが事故に遭い、お亡くなりになったという連絡が入りました。すぐに警察署に向かってください。」

「………………え?」

なに?どういうこと?母さんが、なんだって?

……嘘、だろ?

固まる僕に、その人はなおも続ける。

「お父さまはもう向かわれたようです。弟さんにはまだ伝えていないと言っていました。学校でタクシーを手配してあります。急いで。」

「っ……!」

僕は弾かれたように立ち上がり、カバンだけを持って教室を出た。

昇降口に走りながら、菖蒲に電話をかける。

僕が頼れる年上なんて、菖蒲くらいしかいない。

ほぼ無意識の行動だった。

靴を履き替え、正面玄関に向かう。

学校が手配したというタクシーはすでに来ていて、行き先も伝えられているのだろう、僕が乗り込むとすぐに出してくれた。

菖蒲はまだ出ない。

一度切って、かけなおした。

1コール、2コール……

全然出ない。

また切ろうとしたときに、やっと出た。

呑気な菖蒲の声が聞こえてくる。

『悪い悪い、ちょっと話し込んでて。どうした?』

……あぁ、菖蒲はまだ知らないんだ。

「菖蒲……。」

僕から出たのは、驚くほど冷静な声だった。

そして冷静な声とは、ときに感情を感じさせない声のことを指す。