ふたつのさくら

「菖蒲、帰るよ。」

菖蒲は立ち上がらない。

「菖蒲!」

「……徒野。」

まだ、何かあるのか?

「……みっつ目はなんだ?頼みたいこと。最後のひとつは。」

「……っ」

僕が言いづらいことを察してか、菖蒲が口を開いた。

「渡貫咲良と、物理的に距離を離せってことだよ。」

荷物を置いて、ソファに座った。

菖蒲はそれを確認して話し出した。

「言っただろ。お嬢は特別なんだ。あんたには分からないかもしれないがな、あれ目の前にして、正気でいられる妖怪なんていないんだよ。」

そう。

無理なんだよ。

そこで、先生は何かに気づいたように声を出した。

「……でも、渡貫はなんともないですよね?学校を休むこともないし、怪我をしてくることもない。そんなに妖怪に好かれる体質なのに、それはおかしくないですか?」

菖蒲はため息をついて、頭を掻いた。

「んなぁ〜……説明がめんどい。」

そう言って僕のほうを見る。

そこまで言っといて、こっからは自分で言えってか。

「……僕がいるからですよ。」

先生の頭にハテナが浮かんだ。

言葉で説明するより、見せたほうがいいかな?

「菖蒲、やばかったら止めてね。」

それだけ言って、立ち上がり、目を閉じる。

今ならある程度はコントロールできる。

それが分かってるからか、菖蒲も止めなかった。

あたりに風が吹き荒れ、部屋が壊れるほどの轟音がなった。

4本。

「っ……」

頭が痛くなる。

でも、まだ耐えられる。

目を開けると、先生が椅子から転がり落ちて、怯えていた。

十分、分かっただろう。

また目を閉じて、それを仕舞い込む。

風が徐々に弱まり、部屋は元の静かなものに戻った。

「っ、はぁ……」

ふらりと、倒れそうになって、菖蒲に支えられる。

そのままゆっくりとソファに座らされた。

「……わかり、ました……?」

菖蒲に寄りかかりながら、いまだに床に転がっている先生に声をかける。

「これ……には、近づけない、ですよ……」

僕の言葉を補足するように、菖蒲が言った。

「人間には分からなくても、妖怪には感じることができるんだよ。本能的に、自分より強いものは避ける。だから、お嬢にはなんともない。無論、こんなことお嬢は知らないがな。」

先生は怖がるばかりで何も言わない。

やりすぎたか?

「お嬢は安全でも、朔羅はそうじゃないし、朔羅に限界が来たらお嬢も終わる。共倒れだ。だから関わりを最小限にしてくれって頼んでるんだ。」

静かな部屋に、チャイムの音が響いた。

時計を見ると、3時間目が始まる時間だった。

無理矢理足に力を入れて、立ち上がる。

今度は菖蒲も一緒に立った。

「……明日、また、来ます……今日、は……帰らせて、ください……。」

やっとの思いでそれだけ言って、僕は返事も聞かずに、菖蒲に肩を貸してもらいながら部屋を出た。

そうして、誰にも会うことなく、家に帰ったのだった。