ふたつのさくら

「いつまた、さっきみたいに調子が悪くなるか分からない。ああなったら、1人で耐えるしかないんです。だから、授業中も自由に動けるようにしておきたいんです。」

先生の顔を見た。

「……だめ、ですか?」

先生は僕から目を逸らした。

数秒の沈黙。

「……徒野。」

そして静かな声で言ってきた。

「お前がそうしたいと言うなら、俺はそうできるように努力しよう。だけどさ、」

先生はそこで言葉を切って、僕と目を合わせた。

「いっそのこと、学校には来ないで、授業は家で受けたらどうだ?」

「……ぁ」

声ともいえないような声が漏れて、顔がこわばる。

予想、出来てたことだった。

でもそれは、それだけは嫌だった。

「今はリモートなんてのもあるし、渡貫とも家で会えば……。」

「……先生、あんたの言うことはもっともだ。全部、家でやればいい。」

ずっと黙って話を聞いていた菖蒲が、口を開いた。

「でもな、朔羅にとっては、『学校に行く』っていう、行為そのものが特別なんだよ。」

「菖蒲……?」

菖蒲の手に力が入る。

「学校に来るってことは、まだ大丈夫ってことだ。まだ自分は正気だってことを確かめるために、学校に来るんだよ、朔羅は。」

「菖蒲、」

菖蒲は悲しそうな顔をしていた。

悲しそうな顔をして、怒っていた。

菖蒲は全部知ってるから。

僕が、学校にこだわる理由を知ってるから、こんなに怒って、悲しんで、訴えてくれる。

「行けるのに行かなかったら、それこそ病んで死ぬぞ?俺らの予想よりずっと早く。朔羅は、それくらいのことは平気でやるぞ?!」

「っ!?」

これ以上は、もう無理かもな。

「あと、朔羅は家でお嬢に会わない。俺が、会わせない。なんでか分かるか?家から出れない朔羅は『普通』じゃないからだよ!『異常』なんだよ!!」

「菖蒲!」

「っ……」

先生につかみかかろうとしたのを止めた。

菖蒲は苦しそうな顔をして、大人しくソファに戻った。

「……もう、いいよ。いいんだ。全部、僕のわがままだから……。」

先生に向き直る。

「無理言ってすいません。家で、過ごします。大丈夫です。咲良さんに会う方法は他にもありますから……。僕が、正気であれば、いつでも会えるので……。」

立ち上がって、菖蒲の足元にあった自分の荷物を手に取った。