8月の終わり…残暑真っ只中。
バイト上がりの天真くんが、突然やってきた夕立に、ずぶ濡れになって帰ってきた。


「ただいま…いやー…雨凄いわ…」

「お帰りって、うわ、…ほんとだ!…今、タオル持ってきてあげるね!」

「さんきゅ、香菜ちゃん…」


言葉通り、全身ずぶ濡れの天真くんに驚きつつ、バスルームにタオルを取りに行く。
バスルームの窓から外のザァーッという、異様な雨音が聞こえてきた。
パッと外を見たら、さっきまで突き抜けるように青かった空が、真っ暗になっている。

「はいっ!天真くん、風邪なんて引かないように、ちゃんと拭いて!取り敢えず、お風呂沸かしてくるから!」

こういう不安定な天気は、気持ちまで不安にさせる。
なんとなく、天真くんが何処かに行ってしまうような気がして…そんなこと有り得ないって分かっていても、一点の染みとなった不安は、じわじわと広がってゆく。
それを全く感じてないのか、天真くんはタオルでガシガシ頭を拭きながら、にやりと笑ってこう呟く。

「なんか、いいね。今の…新婚の奥さんみたい…香菜ちゃんってば…めっちゃ可愛い…もう一回言って?」

「はぁ?ば、ば、ばか!私は、天真くんの体を心配して…ッ!」

「うん。オレの体、心配してくれたんだ…やっぱり優しいよね、香菜ちゃんは。てか、オレは香菜ちゃんのモノだもんね」

「も~~ッ!さっさと中入ってきて!」



今にも抱き締められそうな雰囲気を打破して、部屋の中へと強引に招き入れる。どきん、どきん、と気持ちが揺らぐのも、きっとこんな天気のせいだ。


「…香菜ちゃーん?」

「…なにー?」

「一緒にお風呂、入ろっか?」

「…はぁ?!」

「でなきゃ…温めてくれる?」


『ベッドで…』


不意をついて耳に流れ込んできた天真くんの声が低く甘く響く。
それだけで砕けてしまいそうな胸の辺りを、ギュッと掴んで未だびしょ濡れの、天真くんのシャツに顔を埋めた。


「あれ?香菜ちゃん?こんなことしてたら濡れちゃうよ…?」

「いい…どうせ、今からお風呂入るんでしょ…!最初から私に拒否権なんかないくせに!むかつく」

「香菜ちゃん…」

「天真くんは、狡いよ…そんなに色んな天真くん見せて来て、…これ以上好きにさせないでってば…」


『ばか…』


呟く最後の言葉は深い接吻けで消えてしまった。

熱を移しまくって、ドロドロに混ざり合って、触れ合う場所から全部1つになれたらいいのに。

それが出来ないことは、お互いに十分知っているから、もっともっと求め合う。


「天真く、ん…」

「可愛い…香菜ちゃん……」



いなくならないで…。
逝かないで…。
目の前から消えてしまわないで…。


死が二人を別つまで…。
この心が粉々の灰になって、いつかの海に沈んでしまうまで…。