王太子に婚約破棄された地味令嬢ですが、病める時も健やかなる時も騎士団長から愛されるなんて聞いていません!

 エリオットのことを愛していたかと聞かれたら答えは「NO」だ。
 だが好きだったかと聞かれれば答えに迷ってしまう。
 この10年間、彼の妻になるため王子妃教育に励み、寝る間も惜しんで他国の言葉もたくさん覚えた。
 彼の公務の手伝いをしながら、よい関係を築いていければいいと思っていた。
 だが、その努力はすべて無駄だったのだ。
「地味な女……か」
 彼は私に「俺より目立つな」と命令したことを覚えていないのだろう。
 宝石はやめろ、明るい色のドレスは着るな、髪は下ろすな。
 公務で出会う人たちが社交辞令で私のドレスや装飾品を褒めるので、彼がどんどん私を地味にしていったのに。
「愛……ね」
 そんなことを言われてもよくわからない。
 とにかく早く家に帰って、今すぐ窮屈なドレスを脱ぎ捨てて、涙でぐちゃぐちゃな顔を洗って、しっかり固めた髪もほどいて、自由になりたい。
 セリーナは両手で顔を押さえながら、ひとりで馬車が到着するのを待つしかなかった。

 ようやく聞こえてきた馬の蹄の音に顔を上げたセリーナは、馬を引きながらやってくる騎士団長の姿に気まずくなった。
 たとえもう二度とこの王宮にくることがないとしても、顔見知りにこんな姿を見せたくなかった。
 でも公務の時にお世話になった騎士団長を無視することもできない。
 セリーナはできる限り涙を手で拭うと、ドレスを持ち上げお辞儀をした。
 早く通りすぎてください。
 私の涙がドレスに落ちる前に――。
「……セリーナ嬢」
 俯いたセリーナの目の前に騎士のブーツが見える。
 どうしてここで止まったの?
 どうしてハンカチを差しだされたの?
「ダンヴィル公爵邸までお送りします」
「いえ、馬車で帰りますので大丈夫です」
「あと三時間は馬車が来ません。王太子殿下がそのようにご命令を」
 は? 三時間?
 お茶会は通常一時間でしょう?
 騎士団長の左手で強制的に顔を上げられ、ハンカチがセリーナの頬に触れる。
 は? なんで騎士団長に顔をハンカチで拭かれるの!?
 そんなにみっともない顔ってこと?
 恥ずかしすぎるんですけど!