王太子に婚約破棄された地味令嬢ですが、病める時も健やかなる時も騎士団長から愛されるなんて聞いていません!

 あぁ。なるほど。
 今日この茶会に呼ばれたのはエリオットに気に入られたい子息たちと、その婚約者の令嬢たちだ。
 どうりで私の友人がひとりもいないと思った。
「私たちの婚約は、王家と公爵家の間で決められたものです」
「ははっ、婚約破棄したくないって泣きついたって無駄だぞ」
 私がエリオットの婚約者になったのは10年前。
 私の父ダンヴィル公爵が王家の窮地を救ったからだと聞いている。
「婚約破棄の同意書はありますか?」
「ど、同意書……?」
「では紙とペンを」
 すぐに準備された紙にセリーナはサラサラと婚約破棄の同意書を書いていく。
 日付も内容も完璧に。
 あとからこんなものは無効だと言われないように同じ内容で二枚作成した。

「エリオット殿下、サインをお願いします」
「もちろんだ!」
 まったく文章を読まずにサインするエリオットにセリーナは肩をすくめる。
 完成した婚約破棄同意書の一枚をエリオットに手渡すと、セリーナはニッコリと微笑んだ。
「王太子殿下、そして未来の王太子妃殿下。どうぞお幸せに」
 セリーナはもう一枚の同意書を手に持ちながら、王太子妃教育で習った完璧なお辞儀をしてみせた。
「最後まで可愛くないな」
「地味で根暗な女に可愛らしさを求めては可哀想よ」
「それもそうだな」
 会場の真ん中へイチャイチャしながら向かっていく二人をみんなが取り囲む。
 反対方向に歩いて行くセリーナを引き止める者は誰もいない。
 セリーナは凛とした態度で庭園を後にした。
 
 茶会が始まったばかりの時間だから当然だが、帰りの馬車の準備はまだされていなかった。
 早く馬車に乗りたかったのに。
 とうとう堪えきれなくなったセリーナの涙が頬を伝う。
 セリーナは慌てて涙を手で押さえたが、一度溢れてしまった涙を止めることはできなかった。