「今日は、チョコレートの基本、テンパリングを覚えてもらう」

 クロくんがそう言って、今日の特訓がはじまった。


 テンパリングっていうのはね、カカオバターの結晶を、最も安定した状態にするための温度調整作業のこと……って言われても、よくわからないよね。

 とにかく、溶かしたチョコレートを、決められた温度まで上げたり下げたりしながらかき混ぜて、ツヤのある口触り滑らかなチョコレートにしてあげる作業なんだ。


 ……って、口で言うのは簡単だけど、これが超難しくて……。


「だから温度管理が大事だと何度言ったらわかるんだ」

 そう言って、クロくんが何度も大きなため息を吐く。


 わかってるよ。言われた通りできないわたしが悪いってことくらい。


 でも、温度を測りながら、温めたり、冷ましたり、ちょうどいい温度で混ぜ続けなきゃいけないなんて、初心者のわたしにはハードルが高すぎる。

 頭も体も一個じゃ足りないよ。


「……もうムリ!」

 実習室を飛び出すと、長い廊下をまっすぐに走っていく。


 ムリだよ……わたしにはできない。


 校舎の一番奥にある階段の手前にしゃがみ込んでぐしぐし泣いていると、「ごめんね、心愛ちゃん」と優しい声が降ってくる。

 シロくんの声だ。


「言い方はちょっとキツイけど、クロも心愛ちゃんにイジワルがしたいわけじゃないんだよ。ただ、チョコのことになるとアツくなりすぎちゃうってだけでさ」

 無言でこくこくとうなずいて見せる。


「さ。時間が経てば経つほど戻りにくくなるから。ぼくと一緒に戻ろっか」

 こくりと小さくうなずくと、わたしはゆっくりと立ち上がった。