まさか瑠璃華が起きていたとは思わなくて、驚いた。


それより、さっきの話を聞かれていたかもしれないという不安があった。


あの話は、やむを得ない場合のみ、話そうと思っていたから。


「お姉ちゃん…あの、あの…!」


この様子だと聞いていたことは確実ね。


それは仕方ないから、口封じだけはしておかないと。


「瑠璃華、さっきの話はね…」


「違うの!」


「え?」


何が「違う」のだろうか。


もしかして、もともと何かを知っていた?


「お、お姉ちゃんは…女神様なの?」


まあ、ここは否定しない方がいいか。


ややこしくなっても嫌だし。


「そうよ。それで?」


「あのね、私ずっと言ってなかったんだけど…。私……天使なの」


「は…?こいつ何言ってんの?」


「ツキ、口が悪いわよ」


驚きすぎて、毒舌になっちゃったみたい。


確かに普通に聞いたら、いわゆる厨二病(ちゅうにびょう)発言だ。


でも、これはそうではない。


つまり瑠璃華は、女神の部下である天使だということだ。


「ナンバーは?本名も教えて」


魔力をあんまり感じないので、おそらく下級天使。


ナンバーは50以下でしょうね。


「ナンバーは83で、アオキっていうらしいの」


アオキは最近入ってきた見習い天使だったはず。


通りで魔力量が人間に近いわけだ。


そのナンバーだと、私との接点はない。


「いうらしい…ってことは、天界での記憶はないのね?」


「うん。黄泉様が来て」


私も同じ。


天界での記憶はもちろんない。


与えられた名と能力を使い、自分の役割を全うする。


例えるなら、道具のような存在。


「そうなのね。なら、さっきの話も聞かれて大丈夫。とりあえず、瑠璃華にも説明するから一緒に来てちょうだい」


「華恋、勝手に話を進めないで。僕達にも説明して」


おっと、いけない。


ツキとユウの存在をちょっと忘れていた。


「ごめんなさい。でも、ここで説明するより禁忌の書庫で資料を見ながらの方が、分かりやすいわ」


「…そ。じゃあ案内してくれる?」


「ええ」


私は3人を連れて、禁忌の書庫に向かった。


***


禁忌の書庫の扉の前には、やっぱり結界がはってあった。


強化はしてしまったけれど、自分ではったものは解除すればとれる。


つまり、実際には華お姉ちゃんがはった結界を壊せばいいということ。


「結界をとるから、ちょっと待ってね」


禁忌の書庫の扉に近づき、結界に手をかざす。


「解除」


そう唱えるだけで、自分自身ではった結界は壊れて消滅した。


さて、次は華お姉ちゃんの結界を。


その時パリンッ!と音がして、結界は全て解けた。


「え…?」


私は何もしていない。


自動的に結界が解けたということだ。


しかし、こんなぴったりな時間に解くことは不可能だ。


タイマー設定なんて使えない。


だとすれば、誰かが結界を解いたということになる。


けれど、周りには結界を解ける人は誰もいない。


『頑張ってね』


ふと、華お姉ちゃんの声が聞こえた。


「…お姉ちゃんだったんだね。もちろん、任せて」


なんで声が聞こえたのかは分からない。


けど、彼女の声には応えておこう。


「行くわよ」


私達は禁忌の書庫に足を踏み入れた。


***


禁忌の書庫の中には、電気がなく薄暗かった。


私はランタンをイメージして、魔力を手に集中させた。


その途端ぼっと音を立てて、ランタンが出現した。


前世ではよく使っていたランタン。


自分で見たことがあるものは、簡単に能力で出せる。


魔力もそんなに消費しないし。


「さすがだね、女神様の能力は。私はそんなにすごい能力じゃないからさ〜。憧れる…!」


羨ましそうに言う瑠璃華。


そんなにいい能力なのかしら。


確かに、この能力には何度も助けられてきた。


だからといって、能力を好きになるということはなかった。


確かアオキの能力は「失敗をやり直す」能力だった気がする。


過去の選択を変えて、未来をも変えられる能力。


それもすごい能力だと思うけれど。


「瑠璃華は私の能力をいいものとしてるみたいだけど、そもそも能力をもっていること自体不思議だからね」


「あっ、そっか〜」


少し嬉しそうになる瑠璃華。


奥の方までくると、「禁忌」と書かれた棚を見つけた。


また能力を使い、目当ての本を探す。


1冊だけが暗闇の中で光り、その本を引き出す。


「あったわ。この本よ。えっと…それじゃあ、あそこに座って話しましょうか」


私はすぐそばにあった机を指した。


木製の机は、まだ真新しい物に見える。


おそらく、この書庫には治癒の能力が宿ってる。


中に入った時から、大量の魔力を感じていたから分かる。


書物などが傷ついても大丈夫なように設定してあるのだと思う。


この書庫を保存することで、メリットがあるのかは分からないが。


私達は座り、本のページを開いた。


『女神
紫の髪を持つ女。頭脳、体力共に完璧であり彼女を止められる者はいない。莫大な魔力を持ち、想像を現実へと変える』


女神に伝承に書かれたページ。


そこには、やはり私の伝承のみが書かれていた。


つまり、この世界線には私以外の女神が存在しないということ。


真鈴やルピナスもいない。


おそらくルピナスの伝承はあったんだろうけど、この世界から消えてしまったことで伝承も消滅したんだろう。


「これが私ね。地毛が紫でしょう?創造を現実に変える、それが私の能力」


「確かに当てはまるけど…」


認めることはできない、ということだろう。


いきなり言われたのだから、すぐに認めろなんて無理がある。


「別に何かが変わるわけではないの。あなた達に納得のいく答えを教えてあげる、それだけの話よ」


「…」


私からしても、その方が都合がいい。


能力を知っている人なら、自身をカバーしてくれる存在になるだろうから。


「そんなに固く考えないでね?それより、作戦会議をしましょう」


今どれだけ長く話しても、きっと理解はできない。


この世界には魔法なんてものがないから。


だったら、目の前の今やるべきことをするべき。


「ああ、うん。そうだね」


ツキは話をそらしてくれて助かった、とでも言いたそうな顔をしていた。


それはユウも同じだったようだ。


「瑠璃華と羅華は再び狙われる可能性がある。だから、どこかに隠れさせておきたい。ただ、あまり2人きりにはさせたくないわ。人目につきそうなところがいい」


「僕も同じ考え。表社会の人々の目につけば、サク兄さんも手は出しにくいはずだ」


裏社会の者は目立ってはいけない。


これは暗黙のルールだ。


それに、ナイトメアの捕獲にはたくさんの人が協力をしている。


見つかってしまえばスカイブルーに報告されて、最悪組織に捕まるだろう。


サクもわざわざ危険を犯してまで、瑠璃華と羅華を狙ったりはしないだろう。


「でもさー、俺らは学校があるわけじゃん?その間もちょくちょく様子見れるとこなんてある?」


「…仕方ないけど、実践授業以外は欠席するしかないわ。日数は成績に関係ないみたいだし、大丈夫よ」


実践授業の日が被らなければ、みんなで交代で見張ることができる。


本当はもう少し人数が欲しいところだけど。


「ねえ、あの2人は?協力してくれそうだけど…」


「え?」


協力してくれそうな人が他にいただろうか。


「ほら、白綾と香宮夜だよ」