龍神島の花嫁綺譚

「ちょっと待ちましょうか、紅牙。抜け駆けはいけません。それに、彼女にも選ぶ権利がありますよ」

 無害そうな優しい笑顔で、蒼樹が紅牙の腕から陽葉を乱暴にもぎ取る。

「すみませんねえ、陽葉さん。いきなり、何の説明もなく。見た目のとおり、紅牙は自分本位で強引なもので」
「陽葉は俺のだ。返せ、蒼樹」
「そういうわけにはいきません。陽葉さんがここに残るつもりなら、私も彼女がほしいので」

 苛立たしそうに舌打ちをする紅牙に、蒼樹が楽しげに微笑んでみせる。

「ふざけんな。前の花嫁も結局蒼樹が持ってっただろう。だから今度は俺の番だ」
「それは紅牙が荒っぽいから嫌われたのでしょう。何度も言いますが、ここに留まるかどうかを決めるのは陽葉さんです」

 落ち着いた声と笑顔で紅牙を黙らせると、蒼樹が陽葉を見て、ゆるりと口端を引き上げた。

「この島に送られてきた花嫁は、なぜか皆、恐ろしい龍の化け物に喰われてしまうと思っています。陽葉さん、貴女もそう思っていたでしょう? けれど、それは正しくありません」

 龍神島に存在するのは、人里で五頭龍と呼ばれる者たち。白玖斗(はくと)蒼樹(そうじゅ)紅牙(こうが)黄怜(きれん)の四人の龍神だ。

 彼らは兄弟で、白玖斗を頭領として、千年以上の昔から龍神島と周囲の海を支配してきた。

 暴れ龍だった彼らのもとに、あるとき天から遣わされた女が現れた。その女の名が天音(あまね)

 彼女は五頭龍に海の平和を守ることを約束させて、白玖斗の花嫁となった。それ以降、海の平穏は守られてきたが、彼女の命が尽きて消えるとふたたび海が荒れ始めた。

 天音を愛していた白玖斗の力は、彼女の喪失により衰えてしまったのだ。