なずなが宿題を終えたことによって、宿題が終わっていないのは凌だけになった。合宿期間が残り2日もあれば、何とか終わると思う。
ただ、宿題は進めていくうちにレベルが上がっていくのが常。
凌が自力で解ける難易度の問題群は既に通過済みらしく、私がつきっきりで凌に勉強を教えることになった。
となると、なずなと西園寺くんが暇人になるのではないかと思っていたところ、2人は晩御飯の準備係を申し出てくれた。更には、明日以降もご飯係を引き受けてくれるのだという。
神すぎませんか!??
友人たちの優しさに感動して、そう本人たちに伝えてみたところ、西園寺くんには、
「僕がなずなちゃんと2人きりになりたいだけだから気にしないで」
なんて言われてしまった。
こりゃモテるわけだ。いちいち紳士。本音かどうかは別として。
西園寺くんの言葉を聞いたなずなは真っ赤になっていた。…可愛い。超可愛い。
これは凌から特別に教えてもらった話なのだが、西園寺くんはこのタイミングでの告白を試みているらしい。あの2人のことだし、ほぼ確実に上手くいくだろう。
西園寺くん、どうかなずなをよろしくお願いします。
大好きな友人2人の幸せを願わずにはいられなかった。
𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳
なずなと西園寺くんが仲良く晩御飯を作ってくれている間。私と凌は、真面目に勉強をしている……というよりかは、私が凌に真面目に勉強させようとしていた。
「凌くーん?勉強しないと宿題終わらないよ〜??」
「その時は紫乃ちゃんに教えてもらうから大丈夫」
せめてもの嫌がらせとして、くん付けをしてみたが、全く効果はなかったようだ。
凌は余裕の笑みでとんでもねぇ爆弾発言を投下してきた。
幼馴染任せかよ。
「もしも私が協力しないって言ったら?」
「紫乃に限ってそんなことはありえない。紫乃は俺のこと、絶対見捨てないから」
「その自信はどこから湧いてくるのよ」
「……顔?」
珍しい。凌が自分の美貌を認めるような発言をするとは。
何度も言っているとは思うが、凌は、いい奴だ。
つまり、自分の努力を自慢することはあったとしても(ほぼないけど)、持って生まれたものを自慢するような人じゃないのだ。
我ながらとてつもないめちゃくちゃ理論だが、これが凌なのだから、仕方ない。
「…まぁ確かに」
「ふふ、ありがとう」
そして今日も世界の誰よりも綺麗な顔をしている我が幼馴染は、その美顔にこれまた綺麗な笑みを浮かべた。
心なしか凌の顔が少し赤い気がする。
初デートの時も、凌の顔面をベタ褒めしたらベタ照れしていたことだし、もしかしたら凌は私の言葉を他の女子の言葉よりもずっと信用してくれてるんじゃないだろうか。
だって、私以外は凌をベタ褒めしても凌は何の反応もしてないし。
もし、凌が私の言葉に価値を感じてくれているのなら、幼馴染としてこれほど光栄なことはない。
これからも、凌の期待に応えていきたいと思う。
……やっぱ凌の中で自分の存在が大きいとか嬉しすぎる。さっきから口元が緩んで仕方ない。
でも、この時の私は、凌にとっての私という存在が自分の想像よりもずっとずっと大きかったことなんて知る由もないのだった。
1人でにまにましている私を見かねたのか、凌は私の顔をガッツリ覗き込んできた。
「しーのちゃん?」
「りょ、凌!?!?ど、どうしたの?」
「紫乃がボーッとしてたから」
「あ、あれ?そうだっけ!?ごめんね」
「ずっとニコニコしてたけど、何考えてたの?」
そう微笑む凌の口調は冷たい。
凌と付き合うことになった時も、こうやって問い詰められたっけ。
「あ、えっと…」
「俺の存在も忘れて考え事、してたよね。楽しかった?」
「へ…?」
なんか凌がおかしい気がする。きっと私に無視されて寂しかったのだろう。可愛いものだ。
そう思った私は、凌に出来るだけ優しい笑顔を向けた。
「凌?どうしたの?」
「はぁ…何でもないよ。ごめんね、さっきの忘れて?」
どうやら凌は、先程私に見せてくれた弱さも隠すつもりらしい。
「私たちは幼馴染だから、もっと私のこと頼ってくれていいんだよ?」
私がそう告げれば凌は安心したように微笑み──。
…という予定だったのだが、
「はぁ…」
凌はあろうことか、大きなため息をついて、私をぎゅっと抱きしめてきた。
……え?
「…凌?」
「……もうちょっとこのままでいさせて」
嫌だよ、と答えたかったけど残念なことに全く嫌ではなかったので、どうしようかと頭をフル稼働する。
私の沈黙を了承と捉えたのか(ある意味合ってる)、凌は私を抱きしめる腕に力を入れた。
……え?
この流れをさっきも見た気がするのは、きっと気のせいだ。そうだ。
私も色々とおかしくなってるんだ、たぶん。
これも、ただの幼馴染スキンシップだ。うん、そうに違いない。
「こうしてると、本物の恋人、みたい」
「…恋人だよ?」
私の呟きを拾った凌の言葉は、間違ってはない。というか書類上は正論だ。
「でも、私たちは契約交際」
「それでも恋人なことに変わりはないよ」
凌がそう言うから、私は現実を告げることにした。
…だって凌は、私にとって初めての友達で、初めての親友で、唯一の幼馴染で、誰よりも大切な幼馴染だから。
凌が何と言おうと、この関係は決して揺らがないと思っている。
恋人同士(建前だけど)である前に、私たちは幼馴染だ。
「恋人って、お互いに好きあってる人たちを言うの。私は凌が大切だけど、この感情は『好き』とは違うと思ってる」
「…そっか。俺は紫乃のこと、好きなのに」
……この幼馴染は今、何と言っただろうか。
好き?
凌が?
私を?
え、えぇぇぇぇぇぇ!!??!?
凌の熱を帯びたまっすぐな瞳に見つめられ、私の心臓は早鐘を打っていく。
全身が燃えるように熱い。
「…っ!?」
幼馴染から始まる恋は恋愛小説の定番。
それでも…。
こんなこと、あっていいのだろうか。



