初恋にはブラックコーヒーを添えて

 あっという間に季節は過ぎて、いつの間にか夏休みが始まろうとしていた。時の流れは残酷すぎる。


 
 
 それでも、凌との初デートから今日までの数ヶ月、私たちはこれまでと全く変わらない、平凡すぎる最高な日常を送っていた。

 

 私は全テストで真面目に対策し、90%以上を獲得し、相変わらず圧倒的な美貌を誇る凌は、私のお情けによって赤点を全回避し。
 
 なずなは校内新聞の作成委員会に今年も(半強制的に)組み込まれ、情報屋としてのスキルを遺憾なく発揮している。
 
 西園寺くんは後輩たちからの告白祭りが絶えず、15日間連続で告られるという偉業を成し遂げた。すごすぎて逆に怖い。


 
 なずなによれば、この前の球技大会の西園寺くんがものすんごくかっこよかったそうな。
 

 
 

 バスケ部エースの凌とバスケ部部長の西園寺くんは、技術力の高さや持ち前の美形もあり、全校の注目を掻っ攫っている。男女問わず。

 非公認ファンクラブも1年の頃からあるらしい。
 2年の4月には既に、私となずなでファンクラブとやらに直接突撃し、代表の座を乗っ取って(勝ち取って)あるので安心して欲しい。

 

 ちなみにこの時は、後で凌にすごく怒られた。

 
 





 …なんで?
 





 まぁ、兎にも角にも夏休み。
 高3とはいえ、全力で遊びたい。

 そして夏休みといえば宿題。


 面倒なので、夏休みが始まった瞬間に終わらせたい。

 

 ついでに青春っぽいことしたい!!




 ということで、いつメン4人で凌の家にて勉強合宿をすることにした。まぁ、実質ただのお泊まり会だ。
 

 ちなみに、私の両親と凌のご両親は仲良く絶賛旅行中。ダブルデート的なものだと思っておこう。仲良しで何より。



𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳

 

 勉強合宿5日目。
 
 一応特待生である私と、普通に勉強が出来る西園寺くんは、お気楽にトランプのスピードをやっていた。


「あー、また負けた…。紫乃さん強くない?やっぱり頭の良い人は違うね」
「そんなことないよー!ね、凌?」
「紫乃が言うなら、たぶんそう」
「あ、ありがとう…?」

 凌に同意を求めたところ、非常に適当な肯定が返ってきた。

 私への信頼が大きいのは嬉しいが、適当に返事するとは、いっそ清々しい程の失礼さである。

「てかスピードに頭の良さ関係あんの?」
「宿題終わってない脳筋は黙りなよ」
「脳筋でごめんね…」
「あ、なずなちゃんには言ってないよ!?紛らわしい言い方しちゃってほんとにごめんね」
 
 
 この勉強合宿は期間としては1週間あるのだが、私は2日、西園寺くんは4日で宿題を片付けることに成功していた。

 そして、凌となずなの2人が一生懸命に宿題をしている中、見せつけるかのようにトランプをしていたというわけだ。


 
 自分でも性格が悪い自覚はあるが、言い出しっぺは西園寺くんなので何も問題はない。私の責任が問われることはないと思うので、もう好き放題させてもらっている。



 
 なずなはこのメンバーの中では、どうしても成績は低い方にカウントされてしまうのだが、凌よりは圧倒的に勉強が出来る。つまり。


「よしっ!!宿題おーわりっ!!!」
「良かった…!おめでとう、なずなちゃん。ほんとに頑張ったね」
「えへへー、ありがと!」


 この2人がいい雰囲気なのはともかく。


「やっぱり最後(ビリ)は凌か…」
「不変の真理すぎて笑いしかないよ」
「奏太……。お前、さっきから口の悪さが隠し切れてないぞ」

「ああ、ごめんね?でも、30分くらい前から、1ページも進んでない凌に向ける褒め言葉とかないから」
「まぁ、俺もお前に褒めて欲しい訳じゃないし」
「凌はなずなちゃんと違って可愛さの欠片もないね」


 …なんか今日の西園寺くん、遠慮も配慮も一切なくない?平常運転の私を上回るレベルで毒舌だ。珍しい。
 そして、凌を下げながら、なずなを上げまくるとは器用なものだ。
 
 
 
「えっと…あ、あの、?」
「なずなちゃん、見苦しいところを見せちゃって本当にごめんね。大丈夫だった?」


 
 変わり身が早いな、おい。
 

 そして、西園寺くんにこんなに気にかけられてるなずなは大丈夫なのだろうか。西園寺くんもいい人ではあるよ?

 でもさ、なんか心配になるでしょ、この裏表の激しさ。



 更には、西園寺くんの遠回し“なずなは可愛い”発言によって、なずなが照れているときた。

 …既に攻略済みかよ!!!


 
 この2人、そろそろ本当に付き合うんじゃない?



「ねぇ、凌」


と小声で名前を呼べば、凌は同じく小声で返してくれる。


「なぁに?」
「あの2人さ、絶対両想いだよね」

「そうだね。俺は女心?とかは分からないから、三栗屋の気持ちも分からないけど。でも、奏太は、高1の冬からずっと三栗屋のことが好きだったみたいだし」
「高1の冬から…!?」
「うん」
 

 1年生の時は、私と凌は違うクラスだった。
 
 そして、私と同じクラスだったなずなと、凌と同じクラスだった西園寺くんも違うクラスということになる。

 
 接点なんてあっただろうか。


 2人はどういう風に知り合って、西園寺くんはどういう経緯でなずなに惚れたんだろうか。非常に気になる。



 なずなと西園寺くんの出会いが謎すぎる話はさておき。




「え、あの西園寺くんがなずなの陥落に1年と数ヶ月かかってるの…!??」



 そう、学年の女子をウインクひとつか上目遣いひとつで落とせるとかいう、あの西園寺くんが、だ。


 情報屋なんてあだ名を持っていても、所詮ただのJKでしかないなずなと両想い(に見える)になるまで、1年もかかっているのだ。



 やっぱり、恋愛って難しいのかな。


 
「……紫乃だって」
「…え?」


 もしかして、凌は私だって西園寺くんには陥落してないじゃないか、とでも言いたいのだろうか。


 その通りだ。



 小さい頃から顔面国宝を間近で見てきた私は、もうどんなイケメンにも靡かない気がした。
 クラスの女子たちとの好きな俳優トークでも、ぶっちゃけ凌の方がかっこいいよな、とか思ってしまう。悲しい。

 
「何でもない。忘れて?」



 すごく奥が深そうな一言を誤魔化そうとした幼馴染の怪しめな微笑みは、今日も世界が崩れそうな程美しかった。