初恋にはブラックコーヒーを添えて

 唐突に告げられ、高速で始まった初デート。遊園地とかベタすぎると思う。さすが凌、としか言えない。

 そう、凌はベタな展開とかジンクスとか占いとかが好きなのだ。女子か。



 …まぁ、100%私の影響だけど。

 
 
 それにしても、絶叫系が大の苦手な私たちには遊園地はレベルが高すぎたかもしれない。
 だって、ジェットコースター見るだけで足の震えが止まらなくなるんだもん。私も凌も。

 

「ギャーーーーもうむりぃぃぃぃーーーー」
「降りたいーーーーこーわーいーよーーー」
 

 
 
 ……ほんとに私たち、かっこ悪すぎる。


 
 幼稚園児たちが楽しそうに乗っているミニジェットコースターに迂闊に乗ってしまったことを激しく後悔する。
 前に座っている4才くらいの子に冷たい目線を向けられた気がするが、今はそんなの関係ない。
 

 私と凌にとっては、超手負いの状態でチートすぎるラスボスに立ち向かっているようなものなのだ。命がけで戦っている人に向ける視線じゃないと思う。



𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳


 
「…うっ……。紫乃ちゃん、お手をどうぞ」
「ぐっ……。無駄な配慮をありがとうございます、凌くん」



 凌はジェットコースターから降りる時にそっと手を出してくれた。
 
 その手は明らかに震えているし。顔は真っ青だし。
 とにかく、凌の状態の節々からこの乗り物の残虐さを感じられる。
 

 そして、明らかに具合が悪そうな凌だけど、真っ青になってもなお、今日も国宝級の美貌を誇っていた。世界は残酷だ。
 
 ちゃん付けもいい加減にして欲しい。


 こんな状態になっても私への低レベルな悪戯をやめない凌はかなりの悪役だと思う。
 そっか。だから破壊力えげつない美貌持ちだったのか。



 帰ったらワイドショーかなんかで




 
【悲報】顔面国宝(幼馴染評)の水瀬凌氏、悪役疑惑




 
 なんてニュースにされていたりしないだろうか。
 …そんなわけないか。


 だって、どれだけ私への低レベルな嫌がらせをしたところで、凌がいい奴であることに変わりはない。
 
 
 一方、笑顔でジェットコースター2周目に行くちびっこたちは悪魔に見える。凌とか、悪魔のアモールさんの方がまだ性格いいとまで思ってしまう始末だ。
 

「やっぱり無駄だった?」
「そうだね。寧ろ私がエスコートしたくなった」
「紫乃にエスコートさせるわけには…」
「私はどこぞのお姫様か」

「あ、うん」
「いや平民だよ」
「初耳」
「嘘つけ」



 ツッコミを入れれば、すかさずとんでもないボケが飛んでくる。

 凌との会話はいつだって楽しい。この関係が変わらなくて良かったと心から思う。

 つい1ヶ月前は迫りくる死亡フラグに怯えていた、だなんて嘘みたいだ。

 
 
 そんな愛すべきしょうもない回想に夢中になっていたから、私は凌が次に紡いだ言葉を聞き逃した。
 
 
「……まぁ、俺のお姫様なんだけどね」

 
「なんか言った?」
「もうジェットコースター乗りたくないなって」
「ふふ、私も」

「次は何乗る?」
「絶叫系だけは勘弁してください」
「紫乃を道連れにコーヒーカップ乗るか、観覧車乗るか…。うーん、迷うなぁ…」


 …凌、今の一言は聞き捨てならないぞ?

 私を道連れにしたいだけがために、この幼馴染は天敵とまで評すコーヒーカップに乗ろうとしているのだろうか。


 なんか今日の凌くん、捨て身すぎない?

 

「コーヒーカップアンチ勢に言われると説得力ない」
「じゃあ、満場一致で観覧車ね」 
「なんでだよ」

  
 つい口調が荒れたのは、実は観覧車も怖いから……とか、決してそんな理由ではない。
 
 む、寧ろ観覧車でさえも怖いのは凌くんの方だ。


 
「え、もしかして紫乃ちゃん、観覧車も怖いの?」


 うわ、ちゃんとバレてた。
 

「凌くんも怖い癖に良く言えるね」



 お互いを(非常に低レベルな嫌味で)からかいあって、気合いを入れる。
 2人でビクビクしながら観覧車乗り場へと向かった。
 
 乗り場スタッフのお姉さんは、凌を見ると、少し顔を赤く染めていた。イケメンって大変だね。



𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳



「紫乃、今日は本当にありがとう」
「いえいえ」


 ガタブルしながら乗った観覧車の中で、私たちはビビリなりにこの時間を楽しんでいた。
 世界中の空気が和らぐかのような穏やかな笑みで感謝の言葉をくれた凌の声が、実は少し裏返っていることは、聞かなかったことにしておく。

 ちなみに、声が震えているのは私も同じだ。
 

 隣に座っていた凌が、また少し距離を縮めてきた。
 もしかしなくても怖いのだろう。



 そう思ったが、しかし。
 

 凌くんは、裏返って、震えた声で……、それでもさらりと言ってのけた。


「ねぇ、紫乃は観覧車の頂上ジンクスって知ってる?」



 え、



 

 え、ちょっと待って欲しい。
 なんでそんなことをサラッと…?


 
「あ、あの、観覧車の頂上で、キ、キス、したら、結婚、できるやつだよね?」
 

 激しく動揺しながらも言い切った。よくやった、私。



「大正解」



 凌は、その美顔ににこり、とこれまた綺麗な笑顔を浮かべる。そして、そのままこちらに顔を近づけてくる。



「ちょっ…凌!?」




 

 凌は私の髪を一房掬うと、そこに唇を落とした。
 …私の髪が国宝になってしまった瞬間だった。たぶん。

 

「……え」


 動揺が思わず声に出てしまう。
 うん。今の、髪じゃなくて唇にされるパターンかと思ったとかでは断じてない。



 …というのは勿論嘘である。
 


 
 
「もしかして紫乃、変な期待しちゃってた?」
「そ、そんなわけ」
「まぁ、俺と紫乃が結婚するのは、俺の中では確定事項だから」
「うん…?」
「ジンクスなんて要らないでしょ」


 じゃあ何でジンクスの話したんだよ…というのはひとまず置いておいて。


 もしも、さっき凌がほんとにキス、しようとしたら、私はどうしていたのだろう。受け入れてた、のかな。




 ただの幼馴染なのに?
 私は凌を恋愛的な意味で好いているわけじゃないのに?



 でも、あわや私のファーストキスを奪うところだった凌のことも、そんな凌を受け入れようとしていた私のことも、なぜか嫌いにはなれなかった。