「紫乃、すごい可愛い!!」
「ほんと!?ありがとう!」
くるり、と回る度に、姿見の中の私が纏うワンピースの裾が大きく、ふわり、と揺れる。
今日は土曜日。私は、家で大親友のなずなとファッションショー…もとい、明日のための服選びを手伝ってもらっている。
まぁ、これも凌がいきなり、日曜デート宣言をしてきたからで。
それも昨日の帰り際。日頃、私に恨みごとでもあるのかと疑いたくなる程の徹底したギリギリっぷりだ。
実際には、凌のテストの点数は私の献身的なサポート(と凌の努力)によって成り立っているので、恨みなど一切ないと思っている。
寧ろ感謝して欲しいくらいだ。私もいつも凌には助けられているけど。
「うん、完璧だわ。これならあの水瀬くんでもイチコロだよ!!!」
「それは随分と無理難題ですな…」
だって、私と凌は契約交際だもん。ちなみに、現段階ではなずなには、凌と出かけることになったとしか言っていない。
ただ、彼女の家はうちの学校の生徒がよく利用する文房具屋。
なずな自身も店番をすることがあり、そこで聞いた生徒の会話を情報源として、学校内の噂ならほとんどを網羅しているとのこと。
裏では“情報屋”なんて呼ばれてるらしい。
というわけで、たぶん全部バレている。
運動神経と顔面偏差値が天元突破している凌といい、上目遣いだけで学年の女子をほとんど落とすという偉業を成し遂げた西園寺くんといい、学校内の噂把握率99.9%の情報屋・なずなといい。
……文面だけ見れば、私の友達、やばい人しかいない。
これは余談だが、西園寺くんが学年で落とせなかった女子は私くらいしかいないと思う。私がそんなに簡単に落ちるなら、既に凌にベタ惚れしてたと思う。
「でも、遊園地なのにこの服で大丈夫かな?」
「ぜーーったい大丈夫!!」
去年買ったこのワンピースは、凌が好きと褒めてくれた数少ない品だ。それ以降、なぜか着れずに今までタンスにしまったままだった。
凌は人の服装なんて普段は褒めない(というか気にしてない)ような奴なので、やっぱり嬉しかったんだと思う。
「…ほんとに大丈夫だよね?」
「もー、何回も言わせないでよね!!紫乃ってば恋する乙女だなぁ〜」
「でも遊園地とかアトラクション乗るよね!?動き回るよね!?…てか恋してない!!!」
「だって紫乃、絶叫系乗れないじゃん」
「うっ…」
そうなんです。絶叫系乗れないんです。私も凌も。
この話をした時、なずなはすごく驚いた後爆笑してたっけ。分かる。
…だってさ、
学年トップクラスの運動神経の持ち主が、ジェットコースターで意識飛ばしかけるとか誰が予想できるのよ?
𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳
凌が好きだと言ってくれたワンピース。髪は少し緩めに巻いて下ろす。
そこに小さなパールのついたヘアピンをつける。
昔、凌が誕生日にくれたものだ。凌から貰ったものの中でも特にお気に入りで、学校でも常時装着。
一年生の時に貰った鉢植えの白いスミレだって、押し花にして取ってある。今はスマホケースに入ってたり。
花言葉がどうあれ、私は凌から貰ったものは全部大事にしているのだ。
耳元には揺れる小花のイヤリング。斜めがけのバックは白にした。
靴は遊園地なのでスニーカー。
ほんとはこの前買ったばかりのサンダルが履きたかったが、新品の実力は不明なので一旦諦めておく。
…ふぅ。少し深呼吸をする。
これなら大丈夫、きっと可愛い。
凌だってそう言ってくれる、なんて夢の中でしか起こり得ないシーンを思い浮かべて笑みが溢れる。
「…凌は、人の服装なんて気にしない人だもんね。」
そっと口にした言葉は、なぜか震えていて。なぜか寂しくて、胸がギュッと締め付けられる。
そんな私の感情の揺れに、応えたようにチャイムが鳴った。
「凌、迎えに来てくれてありがとう」
「あ、うん」
返ってきたのは、いつにも増してそっけない言葉。
いつもとは違って、すぐに目を逸らされてしまう。
嫌、だっただろうか。
デートというこの雰囲気か、それとも、私が気合いを入れてきたことが…?
不安でいっぱいになって、私から逃げるかのように前を歩いていた凌の袖をぎゅっと掴む。
「ねぇ、凌。どうしたの?なんだか様子がおかしいよ?」
「そんなこと…ないけど」
口ではそう言ったくせに、凌はすぐに、私から顔を背けてしまう。
やっぱり。やっぱり嫌だったんだ──。
気が付けば私は、行き場のないこの疑問を、勢いのままに全て凌にぶつけていた。
「私、何かした?」
「してない」
「この格好、気に入らなかった?」
「違う、これは俺の問題だから」
それでも、勢いに任せても、最後の疑問を口にするのには少し勇気が必要だった。
お願い、肯定しないで。すっかり浮かれていた私の気持ちも、ぜんぶ否定しないで。
「…1人だけ張り切って、馬鹿みたいって思った?」
「……そんな訳ない!俺は嬉しかったよ」
「ほんと…?」
「うん。…その、すごい可愛かったから、緊張しちゃってた」
夢かと思った。夢みたいに嬉しかった。
だって、凌は普段、はっきりと自分の感想を言うことがないから。
思えば、凌はいつも曖昧だ。凌自身が、嘘をつけるような性格ではないからだろうか。
校内でもトップクラスのイケメンである凌くんは、その無駄に整いすぎた美貌のせいで、どうしても目立ってしまう。
そのため、必然と意見を求められる機会も多くなってくる。
その際に、はっきりとは自分の立場を示さないことで、面倒ごとを少しでも減らそうとしているのだろう。
そういえば凌は、女子たちからの質問攻めもいつも、のらりくらりと躱していた。
だからこそ、さっきの「可愛い」がお世辞(じゃないって信じてる)でも、凌の考えている事を少し知れた気がして嬉しかった。とは言っても、普段の凌は、何かを隠せるほど複雑な思考回路はしてないと思う。
寧ろ、思考読みたい放題だと思っている。
「冷たい態度取ってごめん」
「私こそ、ごめんね」
「さっきの俺、余裕もなくて、かっこ悪かったよね」
そう言って、凌は笑い飛ばそうとするけど。
「ううん、凌はかっこいいよ」
私はよく知っている。
いつも自信に溢れているように見える凌が、自分の容姿を無闇に自慢しないことも。
中学の部活に入りたての頃、自分には足の速さが足りないからと、毎日夜遅くまで、走り込みしていたことも。
決して人に八つ当たりしないことも、細かいアドバイスもちゃんと覚えていることも、全部全部。
ずっと側で見てきたから、凌のことは1番理解しているつもりでいる。
そして、その全てが、“水瀬凌”という存在そのものが、私にとってはたまらなく眩しいのだ。
……まぁ、テスト直前に私にヤマを聞く癖は、小学生の頃から変わらないけど。
「自分の弱さに向き合おうとする凌は、私が知る他の誰よりもかっこいいよ」
「…ありがと」
真っ赤になりながらそう言えば、凌も一瞬で沸騰しそうなくらいに頬を赤く染めて。
「あ、そうだ。紫乃のこと、俺が一生幸せにするからね」
「ありがとう…?」
何の脈絡もなく、突然放たれた言葉にぎこちなく頷く。
ロボットのようにカチコチな私の動きに、ふっ、と凌は口元を緩める。
ずっと行き場をなくしたように握ったり、開いたりしていた少し大きな手が、そっと私の手を絡め取って、そのまま歩き出す。
え、今、凌くん笑った?ちょっと普通に失礼じゃない?
──なんて、考えられるほどの心の余裕なんてない。
足取りはさっきよりも軽いはずなのに、妙に落ち着かないのはどうしてだろう。
私たち、少し前まではただの仲良しな幼馴染だったのに。
今だって、それは変わらないはずなのに。
まるで恋人同士みたいだ。
「ほんと!?ありがとう!」
くるり、と回る度に、姿見の中の私が纏うワンピースの裾が大きく、ふわり、と揺れる。
今日は土曜日。私は、家で大親友のなずなとファッションショー…もとい、明日のための服選びを手伝ってもらっている。
まぁ、これも凌がいきなり、日曜デート宣言をしてきたからで。
それも昨日の帰り際。日頃、私に恨みごとでもあるのかと疑いたくなる程の徹底したギリギリっぷりだ。
実際には、凌のテストの点数は私の献身的なサポート(と凌の努力)によって成り立っているので、恨みなど一切ないと思っている。
寧ろ感謝して欲しいくらいだ。私もいつも凌には助けられているけど。
「うん、完璧だわ。これならあの水瀬くんでもイチコロだよ!!!」
「それは随分と無理難題ですな…」
だって、私と凌は契約交際だもん。ちなみに、現段階ではなずなには、凌と出かけることになったとしか言っていない。
ただ、彼女の家はうちの学校の生徒がよく利用する文房具屋。
なずな自身も店番をすることがあり、そこで聞いた生徒の会話を情報源として、学校内の噂ならほとんどを網羅しているとのこと。
裏では“情報屋”なんて呼ばれてるらしい。
というわけで、たぶん全部バレている。
運動神経と顔面偏差値が天元突破している凌といい、上目遣いだけで学年の女子をほとんど落とすという偉業を成し遂げた西園寺くんといい、学校内の噂把握率99.9%の情報屋・なずなといい。
……文面だけ見れば、私の友達、やばい人しかいない。
これは余談だが、西園寺くんが学年で落とせなかった女子は私くらいしかいないと思う。私がそんなに簡単に落ちるなら、既に凌にベタ惚れしてたと思う。
「でも、遊園地なのにこの服で大丈夫かな?」
「ぜーーったい大丈夫!!」
去年買ったこのワンピースは、凌が好きと褒めてくれた数少ない品だ。それ以降、なぜか着れずに今までタンスにしまったままだった。
凌は人の服装なんて普段は褒めない(というか気にしてない)ような奴なので、やっぱり嬉しかったんだと思う。
「…ほんとに大丈夫だよね?」
「もー、何回も言わせないでよね!!紫乃ってば恋する乙女だなぁ〜」
「でも遊園地とかアトラクション乗るよね!?動き回るよね!?…てか恋してない!!!」
「だって紫乃、絶叫系乗れないじゃん」
「うっ…」
そうなんです。絶叫系乗れないんです。私も凌も。
この話をした時、なずなはすごく驚いた後爆笑してたっけ。分かる。
…だってさ、
学年トップクラスの運動神経の持ち主が、ジェットコースターで意識飛ばしかけるとか誰が予想できるのよ?
𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳
凌が好きだと言ってくれたワンピース。髪は少し緩めに巻いて下ろす。
そこに小さなパールのついたヘアピンをつける。
昔、凌が誕生日にくれたものだ。凌から貰ったものの中でも特にお気に入りで、学校でも常時装着。
一年生の時に貰った鉢植えの白いスミレだって、押し花にして取ってある。今はスマホケースに入ってたり。
花言葉がどうあれ、私は凌から貰ったものは全部大事にしているのだ。
耳元には揺れる小花のイヤリング。斜めがけのバックは白にした。
靴は遊園地なのでスニーカー。
ほんとはこの前買ったばかりのサンダルが履きたかったが、新品の実力は不明なので一旦諦めておく。
…ふぅ。少し深呼吸をする。
これなら大丈夫、きっと可愛い。
凌だってそう言ってくれる、なんて夢の中でしか起こり得ないシーンを思い浮かべて笑みが溢れる。
「…凌は、人の服装なんて気にしない人だもんね。」
そっと口にした言葉は、なぜか震えていて。なぜか寂しくて、胸がギュッと締め付けられる。
そんな私の感情の揺れに、応えたようにチャイムが鳴った。
「凌、迎えに来てくれてありがとう」
「あ、うん」
返ってきたのは、いつにも増してそっけない言葉。
いつもとは違って、すぐに目を逸らされてしまう。
嫌、だっただろうか。
デートというこの雰囲気か、それとも、私が気合いを入れてきたことが…?
不安でいっぱいになって、私から逃げるかのように前を歩いていた凌の袖をぎゅっと掴む。
「ねぇ、凌。どうしたの?なんだか様子がおかしいよ?」
「そんなこと…ないけど」
口ではそう言ったくせに、凌はすぐに、私から顔を背けてしまう。
やっぱり。やっぱり嫌だったんだ──。
気が付けば私は、行き場のないこの疑問を、勢いのままに全て凌にぶつけていた。
「私、何かした?」
「してない」
「この格好、気に入らなかった?」
「違う、これは俺の問題だから」
それでも、勢いに任せても、最後の疑問を口にするのには少し勇気が必要だった。
お願い、肯定しないで。すっかり浮かれていた私の気持ちも、ぜんぶ否定しないで。
「…1人だけ張り切って、馬鹿みたいって思った?」
「……そんな訳ない!俺は嬉しかったよ」
「ほんと…?」
「うん。…その、すごい可愛かったから、緊張しちゃってた」
夢かと思った。夢みたいに嬉しかった。
だって、凌は普段、はっきりと自分の感想を言うことがないから。
思えば、凌はいつも曖昧だ。凌自身が、嘘をつけるような性格ではないからだろうか。
校内でもトップクラスのイケメンである凌くんは、その無駄に整いすぎた美貌のせいで、どうしても目立ってしまう。
そのため、必然と意見を求められる機会も多くなってくる。
その際に、はっきりとは自分の立場を示さないことで、面倒ごとを少しでも減らそうとしているのだろう。
そういえば凌は、女子たちからの質問攻めもいつも、のらりくらりと躱していた。
だからこそ、さっきの「可愛い」がお世辞(じゃないって信じてる)でも、凌の考えている事を少し知れた気がして嬉しかった。とは言っても、普段の凌は、何かを隠せるほど複雑な思考回路はしてないと思う。
寧ろ、思考読みたい放題だと思っている。
「冷たい態度取ってごめん」
「私こそ、ごめんね」
「さっきの俺、余裕もなくて、かっこ悪かったよね」
そう言って、凌は笑い飛ばそうとするけど。
「ううん、凌はかっこいいよ」
私はよく知っている。
いつも自信に溢れているように見える凌が、自分の容姿を無闇に自慢しないことも。
中学の部活に入りたての頃、自分には足の速さが足りないからと、毎日夜遅くまで、走り込みしていたことも。
決して人に八つ当たりしないことも、細かいアドバイスもちゃんと覚えていることも、全部全部。
ずっと側で見てきたから、凌のことは1番理解しているつもりでいる。
そして、その全てが、“水瀬凌”という存在そのものが、私にとってはたまらなく眩しいのだ。
……まぁ、テスト直前に私にヤマを聞く癖は、小学生の頃から変わらないけど。
「自分の弱さに向き合おうとする凌は、私が知る他の誰よりもかっこいいよ」
「…ありがと」
真っ赤になりながらそう言えば、凌も一瞬で沸騰しそうなくらいに頬を赤く染めて。
「あ、そうだ。紫乃のこと、俺が一生幸せにするからね」
「ありがとう…?」
何の脈絡もなく、突然放たれた言葉にぎこちなく頷く。
ロボットのようにカチコチな私の動きに、ふっ、と凌は口元を緩める。
ずっと行き場をなくしたように握ったり、開いたりしていた少し大きな手が、そっと私の手を絡め取って、そのまま歩き出す。
え、今、凌くん笑った?ちょっと普通に失礼じゃない?
──なんて、考えられるほどの心の余裕なんてない。
足取りはさっきよりも軽いはずなのに、妙に落ち着かないのはどうしてだろう。
私たち、少し前まではただの仲良しな幼馴染だったのに。
今だって、それは変わらないはずなのに。
まるで恋人同士みたいだ。



