初恋にはブラックコーヒーを添えて

 なぜか凌と付き合うことになった。

 確かに、私が一番信頼してるのも、1人にしか話せない悪魔との契約内容を話したのも凌だけど。
 


 凌との関係が恋人同士になれば、てっきり今までの関係はなくなるのかと思い込んでいた。
 今までの関係が心地よかったから、凌とは付き合えないって思ってたけど。

 


 全然そんなことなかった。

 
 
 いつも通り、凌は遠慮なく悪態をついてくる。

 付き合い初めてから2週間経った今でも、デートどころかこれまでと全く同じ状況なので、ちょっと見ていて欲しい。




「紫乃!今日は随分と遅かったね。どうせ深夜にゲームでもして寝坊したんでしょ?」


 それはお前だろ、と言い返したいのをぐっと堪えて、代わりに凌の頭を小突く。相変わらず失礼な奴だ。
 

「違うよ〜、今日提出のワークの3周目が終わらなくて…。まぁ、寝坊したことには変わりないけど」
「え…今日ワーク提出だっけ?てか何の教科?」
「うん、英語のワークね。3ページから15ページまでだよ」
「マジか……初耳…」


 提出物の存在を当日に知るなんて前代未聞だが、本当に色々と大丈夫だろうか。
 
「初耳って…嘘つけ」
「いーや、ちゃんと授業聞いてたけど、ワーク提出の話は知らなかった」

「あ、ついでに今日は単語テストもあるよ」
「…紫乃様、ヤマを教えていただけないでしょうか」

「え〜?単語テストは赤点ないから大丈夫って新学期に言ったの凌じゃん」
「教科担任が変わって解き直しの提出が義務づけられるとか思わなかったからさぁ…」

「じゃあ勉強しろよ」
「反省してます」
「このやりとり、何回目だっけ?」
「うっ…」

 胸を押さえてうめき声を上げる凌に、周りの女子たちは熱い視線を向ける。あ、もう学校着いたのか。
 

 ねぇ、それにしてもおかしくない?なんか女子たちが(今日も)私に刺々しい視線向けてくるんだけど。
 
 
 そして、単語テストの勉強をしていなくても、真面目に勉強した幼馴染にテストのヤマを教えろと懇願していても、凌は今日も安定の無駄にすさまじい美貌を誇っていた。羨ましい。


「ぐっ…水瀬くんの色気が凄い……」
「分かるわぁ…今日はいつもの3割増しだぁ…」 


 女子たちは真っ赤な顔でこちらをチラチラ見ながらそんなことを話しているけど、コイツのこの動作のどこにそんな色気があるのか、誰か教えて欲しい。

 ついでに、いつもの動作にも色気なんてなかったと思う。
 
 

「凌は中学生の頃からずっと、勉強面は私に頼りっきりだよね?ほんとに反省してるの?」
「もちろんです」


 凌は必死に頭を下げ続ける。
そしてそれを私が呆れた表情で見つめる。
 

 コイツは間違いなく、私がこの図に弱いのを知っていてやっている。
 
 ずる賢いというか何というか…。ほんとにこういうところだ。でも嫌いになれない。

  
「じゃあいっか!もう次はないからね?」
「ありがとうございます!!!」

「紫乃〜?甘いよ、甘すぎる。水瀬くん、絶対反省してないって」
「なずなちゃんの言う通りだよ。コイツ、入学してからずっとこれだよ!??動物実験の動物の方がまだ失敗した経験を活かして行動してると思う」


 凌と上手く商談をまとめられたと思った矢先になずなと西園寺くんの乱入。ここまでがお決まりの流れとなっていた。
  


「奏太は俺の見方かと思っていた」
「“見方”じゃなくて“味方”な、あと僕は凌のアホさに呆れただけだから」
「今日は西園寺くんもなかなか言うねぇ〜」

「あ、なずなちゃん…ごめんね?不快に思ったならいつでも言って」
「ううん、大丈夫!それに、あたしも大体同じこと思ってたし」
「ってことは、なずなも凌のこと、アホだと…むぐっ」
「紫乃、ちょっと声が大きい」


 凌は私の口元を抑えながら、小声で告げる。


 あ、なずなたちがいい感じだから邪魔するなって?

 素晴らしい気遣いではあるけど、たぶんこの2人、周りの音聞こえてないから大丈夫でしょ。


「良かった……これでなずなちゃんに嫌われたらどうしようかと思った」
「そんなことで嫌いになるわけないよ〜」


 …目の前であからさまにイチャつくんじゃない。
 
 それにしても西園寺くんのアタックがすごすぎる。好意が明らかすぎるのよ。
 それとも周りに牽制も兼ねてるのか…?だとしたら策士すぎる。


𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳



 そして時間はあっという間に過ぎ去り、みんな大好き帰り道。

 いつも通り、私と凌の幼馴染コンビと、それぞれの親友ことなずなと西園寺くんの4人で、それはもう賑やかに帰る。
 
 うちの学校は賑やかな人が多いけど、私たちが1番賑やかな自信すらある。

 
「じゃあなずな、西園寺くん、また明日ね!!」
「凌、明日は漢字テストあるからしっかり勉強しなよ?」
「大丈夫、俺には紫乃がいるから!」

「水瀬くん……。そんなに紫乃に頼ってばかりで愛想尽かされちゃってもあたしたち、知らないから!」
「ふふふ、10数年かけて築いてきた、私と凌の絆はそう簡単には壊れないのでご心配なく」
「紫乃さんってどっち側なの?」

「ほら、見ろ奏太!俺には紫乃がいるって言ったろ?」
「うわぁ……」
「紫乃、帰ろっか」
「うん!」



𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳


「凌、今日も送ってくれてありがとう!」


 いつもなずなたちと別れた後は、こうして家の前まで凌が送ってくれる。かなり申し訳ないような気もするが、凌曰く、念を入れての安全対策なんだそうな。

 まぁ、私もこれでも女子高生。美貌持ちの凌が隣に居れば、変な人たちも絡んでこないということだろうか。逆効果な気もするが、ありがたく思っておこう。


 今日も凌は、安定で心意気だけはいい奴だ。


 
「どういたしまして。あ、紫乃今週の日曜空いてる?」
「私が年中暇人なの知ってて言ってるよね?」
「うん」


 私がお礼を言うと「ああ」とか「そうか」じゃなくて、「どういたしまして」が返ってくる。
 
 
 凌をクール寡黙系だと思っているであろう、学校の女子たちからすれば大幅解釈違いだろう。


 ただ、凌は優しい馬鹿だと思っている私からすれば解釈全面一致だ。
 返事にここまで「水瀬凌」を感じるのも、凌と近しい人間の特権だと思っている。

 ちなみに悪口はいい奴ポイントに加点されている。これからも凌とは、お互いを遠慮も躊躇もせずに馬鹿と言い合える良好な関係でありたい。
 

でも、やっぱり凌に問題があるとすれば──。
 


「じゃあ、俺とデートしよう?」
「…っ!?」



 こういう大事なことを直前まで言わないことだろうか。


 そして、何と凌は私の返事を待たずに帰ってしまった。まぁ、私が断る理由ないの分かっててやってると思うんだけどさ。
 
 その背中が曲がり角をひとつ曲がって、見えなくなった時。私は高速でスマホを取り出して、唯一の親友に助けを求めるべく、電話をかけたのだった。



「な、な、な、」
「紫乃?」
「なずな、あ、明日空いてる?」
「紫乃、あたしが年中暇人なの知ってて言ってる?」
「うん」