初恋にはブラックコーヒーを添えて

 私、来栖紫乃!
 天竺大学附属高校、3年B組8番。


 勉強は得意だけどスポーツは苦手。好きな教科は、国語と歴史でどちらかといえば文系。
 高校に入るとみんな数学には苦しむらしいけど、特に問題もなくやっていけている。
 
 誕生日は4月13日で、血液型はA型。身体155cm、体重54kg。 


 幼馴染の凌にはそんなに堂々と体重を晒すなとか何とか言われたけど、絶対私が羨ましかったからだと勝手に思っている。

 
 凌の場合は筋肉だから良いんだよ。筋肉って同じ体積の脂肪と比べても重いらしいし。
  



 あ、そうそう。
 凌は、勉強以外は割と涼しい顔でこなす完璧幼馴染。

 
 スポーツも球技から陸上まで、種目を問わずに万能な凌が、唯一出来ない勉強は本当に本当に絶望的だ。
 でも、勉強面に関しても私がテスト前につきっきりで教えてる&ヤマを教えてるおかげか、赤点は取ったことがない。


 そんな裏の事情なんて知らない周りからすれば、凌は少女漫画のヒーローみたいに見えてるんだろう。

 

 天は凌には二物も三物も与えたとか誰かが言ってる場面によく遭遇するけど、正確に言えば凌が与えられたのは適応力だけだ。

 だからスポーツも出来るし、勉強の習得力もすごい。


 そんな凌でもにんじんが未だに苦手なところは可愛いと思う。


 
「紫乃?ねぇ、俺の話ちゃんと聞いてる?」
「う、うん!聞いてるよ」

 

 回想シーンで現実逃避していたら、凌が私の顔を覗き込んでくる。
 えぇ。今日も憎らしくなるほど美形ですよ。そりゃあもう。


 ついでにもう少し現状を整理しながら現実逃避といきましょう。
 
 高校の入学式の翌日、登校中に交通事故で意識不明・回復の見込みほぼなしの重体になった私。
 何やってるのよとは思うけど、直前で目の前にいた凌を突き飛ばしたのは我ながらマジ英断だったと思う。


 そんな私の前に現れたのが悪魔のアモールさん。彼の提案で私はとある契約をした事で命を救ってもらい、今日に至る。

 
 ……ただ、その契約っていうのがちょっと厄介でして。
 

 
 “19歳の誕生日までに結婚出来なかったら、悪魔に命を捧げる”なんて条件があるのですよ。しかも私の誕生日はまさかの4月上旬。
 
 大学での出会いに期待することすら叶わない!

 でもどうせ結婚するなら恋愛結婚がいい!!

 だから高校生の間になんとかしなきゃ!!


 よし、まずは彼氏作ろう!!!



 …なんてノリで自己紹介で彼氏欲しい発言をした結果。
 なぜか凌の逆鱗に触れちゃったみたいです。


 そして、私の事情を全て聞き出し、「じゃあそれ、俺にすれば?」ですよ? 



 何様だよ!?幼馴染様だよ!!  


 

「紫乃?さっきから様子おかしいよ。やっぱり俺の話聞いてないでしょ?」
「そ、そんなことないよ…!!」
「へぇ?紫乃ちゃんは俺に嘘つくんだ?」


 ちゃん付けだけはやめて欲しい。そして嫌な予感がする。
 身震いが止まらない。

 私たちは、基本的にはお互いを責める時以外では、ちゃん付けくん付けはしない。普段呼び捨てされてる相手に言われると、悪寒がするからだ。

 それを凌も十分分かってるはず。



 分かった上で、ちゃん付けしてきやがったってことは──つまり、私はもう詰んでいる。



 どうせ詰んでいるならば、もうどうにでもなれ。
 とりあえず、私も反撃してみることにした。


「それより!さっきの、俺にすれば…って、一体どういうつもりなのかな、凌くん?」


 目には目を、歯には歯を、ちゃん付けにはくん付けを。しかし、そんな私の必死の抵抗も何もなかったかのように、凌は続ける。

 
「だって考えてもみなよ、紫乃が一番信頼してる人は?一番大切に思ってる人は?」


 一番大切なのは凌だけど、そんなことを今言えば、どうなるか分からない。
 ただ、間違いなく凌の思うツボになるだろう。


 というわけで、凌をランキングから除外した時に一番大切に思ってる人、つまり大親友のなずなの名前を出す。大丈夫、嘘は言ってない。
 


「な、なずな」
「嘘だ。俺でしょ?」

 
 え、

 何で分かったの?
 今日の凌くん、鋭くない?


 
 いつもテストで赤点スレスレな凌を返せ。
 
 
「それは…」
「ねぇ?はっきりしなよ」


 今日の凌はいつもより強引だ。いつもの凌なら、自分が大切に思われてるって自分では言わない。

 そういうところだ。いい奴すぎる。私は、この幼馴染の決して驕らないところを好ましく思っている。
 勉強は出来ないけど、人の気持ちはちゃんと考えられる。ただのいい奴である。



 こんな人間として素晴らしいスキル持ってるのにこの人、なんで国語の物語読解はいつも正答率20%しかないんだろ…?
 

「……凌、です」
「でしょ!そんな俺以外で他に誰がいるの?」


 凌の追及が怖い。この人、私のこと全部知ってるの自覚しながら言ってるでしょ。悪質だわ。悪質だけど最高幼馴染。
 

「それとも紫乃は、好きな奴はいない…よね?」
「いない…」
 

 敗北感を覚えながら答えると凌は勝ち誇った笑みを浮かべ。

 あー、なんか腹立つし悔しいわ。
 
 ええ、初恋未経験な恋バナ弱者で悪かったですね。
 

「それなら、紫乃が言うことはひとつだね?」
「………私と付き合ってください」
「よくできました!」
「え?子供扱いしてる?」
「そんなわけないじゃん〜」
 
 凌の口元は、無駄に美しい弧を描く。

 非常にムカつくことに、今まで見た中で一番綺麗な笑顔だった。