初恋にはブラックコーヒーを添えて

 空もすっかり暗くなったクリスマスイブの午後6時。

 私と凌は、人混みから離れた場所で、色とりどりに輝くイルミネーションを眺めていた。


「すごい綺麗……」
「月が?それともイルミネーションが?」


 この状況下で、わざわざイルミネーションではなく、月を綺麗だと言う人はほぼほぼいないと思うんだけど。


 あー、もしかして凌は私に月が綺麗ですね(愛してる)って言わせたい感じ?そうだよね、微ロマンチストだもんね。

 でも、凌もふざけ口調だし、なんか悔しいからその手には乗ってやんない。


「凌だよ」
 

 そう。私からすれば、輝いたのはイルミネーションでも月でもなくて凌なのだ。
 しっかり顔を見て、隠さずに伝えると、凌はにこり、と精巧に作られた口元に綺麗な弧を描いた。私の心臓は早鐘を立てていく。


 やばい、私の中の何かが確実に射抜かれた気がする。
 

「……紫乃ってそういうとこずるいよね」
「え?ず、ずるい?」


 ずるいのはどちらかと言えば、私を常に狙い撃ちしている凌ではないだろうか。最近、一生分の心拍数使いきりそうで不安になるんだよね。
 

「俺が片想いでも、ずっと紫乃を好きでいられたのってなんでか知ってる?」
「ううん」
「諦めようと何度も思ったけど、その度に紫乃が今みたいに俺を沼に突き落としてきたからだよ」


 俺は結局どうやったって紫乃が好きなんだよね、と呟きながら、凌は私に口付けた。周りに人がいなかったから良かったものの。あ、これ照れ隠しね。
 

「ちょっ、凌」
「イルミネーションも紫乃もすごく綺麗」


 すっかり真っ赤になってしまった私を見つめながら、凌は満足げに言った。

 いつもの色気20割増し100億点満点の微笑みだ。神様の美的センスの良さに、心からのスタンディングオーベーションを贈りたい。

 
 イルミネーションと言われて思い出したのだが、凌は、私が青のライトで飾られている街路樹イルミネーションが、王道って感じがして好きだという情報をどこで仕入れたのだろう。


 間違いなく、情報屋こと我が大親友のなずなちゃんだとは思うんだけど。

 
 ちなみに今いる場所は、見渡しも良いし、今日見た中でも1番私好みだったエリアが間近で見れるという超絶神スポットだ。

 凌は、今日のデートをかなり楽しみにしてくれていて、ここを調べておいてくれたんだと思う。


「紫乃、気温も冷えてきたから、良かったら俺のマフラー使って」
「…ありがと」

 
 しかも。持ち前の性格の素晴らしさと、私を気遣おうとする姿勢が相まって、今日の凌は本当に神々しく見える。 


 私が冷え性だからって口実でずっと手繋いでてくれるし。行動の全てに、それっぽい口実をつけてくるところも好きだ。
 

 身も心も温かい凌に、冬場は本当に救われている。
 

「あ、でも凌は大丈夫?」
「何が?」
「マフラー借りちゃったから寒くない?」
「ぜんっぜん大丈夫。ほら、寒くなったらフード被るから」
 

 ひとつひとつの言動に、イケメンかと突っ込みたい。まぁ、その通りなんだけど。
 
 
「なんか凌が優しすぎて泣きそう…」
「えー?惚れ直した?」
「それはもう」


 迷わず頷くと、凌は柔らかい笑みをこぼした。ご馳走様です。


 
 これは両想いになってから知ったことなのだが、凌は私と付き合っているのが未だに信じられないらしく、時々無性に不安になってしまうらしい。
 
 片想いを10数年拗らせた結果がこれなので、半分は私の責任だしと、凌には私の語彙力を全て使い倒してでも好意を伝えていこうと思っている。


 何を間違えても、凌への恋心を自覚したばかりの頃の私のように、恥ずかしいという理由だけで自分の気持ちを隠すことがないようにしたい。

 
「じゃあ、これからも一緒にいてくれる?」
「寧ろこちらからお願いしたいくらいだよ」


 私の言葉を聞いた凌は、深呼吸してから私の方を向いた。ひどく真剣な瞳と視線がぶつかる。


 その表情は、いつか病室で見た凌の泣き顔に似ていた、気がした。

 これから何が起きるんだろう。何かを言おうとしている凌の言葉を一言も聞き逃さないように、全神経を集中させる。
 

「ねぇ、紫乃。」
「なぁに?」






 

 次の瞬間。



 
 
 凌は、私の前に跪いていた。同時に開かれた箱の中にはきらり、と光る指輪が入っていた。
 思わずその美しい光景に息を呑む。



 
 いくら鈍い私でも分かる。

 これは、──プロポーズだ。
 
 

「この先の人生、きっと苦しいこともつらいこともあると思うけど、それでも紫乃と2人なら生きていけるって心から思えるんだ。だから。」

  

 簡単で分かりやすい単語で紡がれた言葉は、驚くほどしっくりと私の中に染み込んで、一瞬だけ凌の姿が滲む。
 
 こんなにも心を動かされるのはきっと、今貰った言葉が、凌の語彙から生まれた本心だからで。

 
 凌はもう一息吸うと、少しだけ目尻に涙を浮かばせて言い切ってくれた。

 

「だから、──俺と結婚してください」
 
「はいっ…!」
「ふふっ、ありがとう」
 

 凌は微笑みながら、私の薬指にそっと指輪を嵌めてくれた。おそらく高級品ではないけど、それでいい。

 だって私は今、お金じゃ絶対に買えないくらいの幸せを感じているし、この先には絶対それ以上の価値がある日々が待っていると確信しているから。

 
 
 凌が私と2人なら生きていけると言ってくれたように、私も凌となら笑っていける。