初恋にはブラックコーヒーを添えて

 昼休み、廊下を歩いていたら、紫乃の姿を見つけた。

 一緒に話してる女子たちは見たことないけど、友達かな?
 あ、でもなんか紫乃嫌そうだな……。


「………誰よりも大事な幼馴染」


 紫乃は泣きそうな顔でそう言う。幼馴染って俺のことだろうし、ここは俺の出番でいいよね。

 
「そう、ただのおさななじ…むぐっ」
「…紫乃はほんとに強がりだね」


 俺が紫乃を後ろから抱きしめて、耳元でボソっと言ってみただけで、紫乃の顔はみるみるうちに赤くなった。可愛い!!
 
 そういえば最近、紫乃が俺を少しは意識してくれてるように思うんだけど気のせいかな?

 
 俺は紫乃みたいに深く考えるのは苦手だけど、その分、人の表情とか態度で気持ちは理解できる。 
 だから、目の前にいる好きな人の考えてることは分かるけど、本の中の主人公の気持ちなんて全く分からない。


 紫乃には、人の気持ちを考えることはできるのに、なんで国語のテストの点が悪いのか聞かれるけど、文字だけじゃ俺には分からない。
 アニメとかなら主人公の気持ちも分かるよ。……たぶん。
 

「これくらいで真っ赤になるとかほんと可愛い」
「…りょ、りょう?」
「とにかく…、お前らに紫乃は渡さない……じゃなかった、俺は渡さないから。ってわけでじゃーね」


 もしかして俺、今めっちゃいいこと言ったんじゃない?

 俺は紫乃と手を繋いで、空き教室まで歩いていった。
 紫乃の手はいつもよりちょっとあったかいな。ってちょっと待った、これじゃ変態みたいに聞こえるだろ!!

 
 その後のことは、今でも夢なんじゃないかと時々思う。紫乃は俺のことちょっとは好きかも、ってありえなかったはずの期待をしながら、必死に話しかけた。




 片想いは苦しいから、俺のこと好きなら助けてよって。
 

「紫乃は俺のこと好き?それともまだ好きじゃない?紫乃の気持ちをちゃんと教えて」


 俺がそう聞けば、紫乃は少しだけ震える声で、微笑みながら返してくれた。
 

「……そこまで言われたらさすがに認めるしかないよね。私にとっての凌は、ずっと“特別”だったよ」
「紫乃にとっての俺が、ずっと“特別”だった……?」
「そうだよ」
「ねぇ、紫乃。俺、期待していいの?」
「ふふ…、凌、今まで言えなくてごめんね。ぜんぶの意味で大好きだよ」
「俺も好き」


 聞き間違えじゃないかと不安になって、何度も尋ね返す俺に、紫乃は毎回優しく頷いて、何回でも好きだと言ってくれる。

 紫乃のそういうところが本当に好き。


 俺がどれだけ馬鹿でも、テスト勉強は紫乃に頼りっきりでも、文句は言いながらも、絶対に俺の側にいてくれるし。ほら、今だって両想いになれた直後に泣き始めちゃったかっこ悪いはずの俺に、いつもと変わらないまぶしい笑顔を見せてくれてるし。

 紫乃の言葉が、表情が、俺の心にじわりじわりと染み込んでいく。

 その後の俺のとんでもない誤字も、今まで通りの俺たちって感じがして、悪くないなと思った。
 もちろん、今までとは違って、幼馴染から恋人に昇格だけど。
 

𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳
 

「凌、もう紫乃さんから言質は取ったことだし、いいよね?」
「奏太、お前やり口が汚いぞ。俺らと遊びたいなら素直にそう言えよ」 


 奏太たちからダブルデートに誘われた時は、ほんとに嬉しかった。嘘でも冗談でもない。…あ、嘘も冗談も一緒か。

 でも、ほんの一瞬だけ、紫乃とふたりっきりで過ごしたいと思った。みんなで遊びたいって気持ちが勝って、見ないふりをしてしまったから、こうなったのかな。

 


 ごめんね、紫乃。こんな俺を、どうか許してね。



「違うよ、?凌がいつもよりかっこよくて、本当にキラキラしてて……んむっ」 
「…そんなにストレートで褒められると照れるんだけど」


 ファーストキスは、照れ隠しに使った。 
 
 もっと、こだわりたかったのに。


 星が綺麗に見える場所とかさ、もっと探せば理想的なシチュエーション、たっくさんあったはずなのに。
 せめて、紫乃から許可をもらってからにすればよかった。


 ごめん。
 
 
 ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。

 
 心の中で謝るだけで口にできなかった。
 分かってるんだ。
 


「こうすれば紫乃は今日一日、俺のこと以外考えられなくなるでしょ?俺、結構重いから。紫乃には一瞬でもよそ見しないで欲しい」


 俺の側にいない方がいいよ。きっとこれからもこんな風に、失敗ばかりだと思うから。
 嫌いになっても仕方ない。紫乃の気持ちを1番に考えられなかった俺が悪い。

 でも。
 

「…ねぇ、嫌いになるなら今のうちだよ」
「…え」


 俺の馬鹿な行動を怒ってくれるときよりも、ちょっとだけ必死な紫乃の表情を見て気づいた。……いや、初めから分かってるんだ。
 
 紫乃に側にいてほしい。失敗だらけだけど、せいいっぱい頑張るから。
 嫌いにならないで。これからも間違っちゃうこともあると思うけど、おねがい、側にいて。
 

𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳



「ねぇ、紫乃」
「どうしたの、凌」


 ダブルデート(のはずだった)から3日が過ぎた。俺は、紫乃と2人きりの帰り道で、今日も紫乃にとある質問をぶつけていた。
 

「俺のこと嫌いになった?」
「嫌いになんてならないよ。大好き」


 紫乃は怒るどころか、いつも通り、いや、いつもよりも優しい声で返してくれる。その言葉は、太陽みたいに温かくて、俺の心を明るくする。
 

「ほんと…?この前俺、あんなことしたのに」
「本当だよ。私が凌のこと嫌いになるわけないじゃん」


 そこまで言い終わると紫乃はぷい、と俺に顔を背けながら言った。
 

「でも、嫌なことがあるなら先に言って欲しかった……」


 え?だって…紫乃は三栗屋と仲良いし、ダブルデートも楽しみにしてたんでしょ?
 なのに俺のわがままのためにいいの?
 

「……嫌だって最初に言えてたら、紫乃は断ってくれてたの?」
「もちろんだよ!だって私の中では凌が1番だから」
 
 
 暗闇にひとりぼっちだった俺の心に光をくれる紫乃は、やっぱり俺の太陽だと思った。


「…ありがと」
「ふふっ、元はと言えば4月に凌くんが言わせてくれやがったことなんだけどね」
「えー、そうだっけーー?」
「棒読みなのバレてんぞ」
「ごめんって」

 
 自分の重さに不安になったこともあったけど、紫乃と2人なら生きていける気がした。だから、紫乃が俺を何度も照らしてくれたように、今度は俺が紫乃を助ける番。 

 俺は、足りない頭を必死に働かせて、半年前、紫乃と契約交際を始めた頃からの、とある計画を進めていくのだった。