初恋にはブラックコーヒーを添えて

「えっと、来栖紫乃です。」


 新年度の自己紹介。みんなの前に立つ幼馴染は、少し震えていた。ほら、やっぱり大勢の前で話すの苦手じゃん。


 俺が紫乃のために自己紹介をすっ飛ばそうとしたら、紫乃の親友の三栗屋から止められるし、紫乃からは軽く睨まれるし、俺の親友の奏太は全てを見通したような笑みを向けてくるし。


 情報量と他人の感情把握に誰よりも長けていて、紫乃のための行動が多い三栗屋が出てきたから、俺もあっさり引き下がることにしたんだけど。

 あの時、紫乃が三栗屋に感謝の眼差しっぽいのを向けていたのは、ちょっとショックだったな。

 
 その後色々あって、担任から初出しの情報を出せって条件がついて、これで紫乃のことをもっと知れる、とほくそ笑んでいた次の瞬間。

 
 
「──私、今年こそは彼氏が欲しいです!!」


 紫乃は赤みを帯びた顔で、瞳を潤ませながらとんでもないことを言い始めた。

 俺の心臓は、今までよりも速く、期待に満ちた音を立てる。俺の気持ちは紫乃には届かないって、もう充分すぎるほど知ってるはずなのに。
 
 
 その表情は反則だよ、紫乃。
 
 

 周りの軽そうな男子たちも、紫乃を熱に浮かされたような目で見ている。うん、やっぱそうなるよな。
 
 コイツら、ブラックリスト確定だな、なんて思いながら近くの席の奴らは単語帳で軽めに殴っておいた。英語教師でもある担任と目が合ってしまった時は焦ったけど、黙って見過ごしてくれたからほんとによかった。

 
 単語帳とはかれこれ3年間の付き合いだが、持ち歩くには最適な分厚さと重さなので、俺は英語の授業がない時でも常にカバンの中に入れっぱなしにしている。
  
 ちなみに、本来の使い方をするのは、紫乃と一緒に単語テストの勉強を(直前に)する時だけ。
 


 単語帳は男子高校生にとって最高の武器だと語って以来、奏太にはすっかり呆れられてしまった。それでも、俺のことはちゃんと親友だと思ってくれているそうだ。よかった。
 
 紫乃といい、奏太といい、三栗屋といい、友達には恵まれたと心から思っている。

 とは言っても、俺は紫乃が、友達じゃない方の意味で好きなんだけどね。


 俺の手をガッチリと掴んで、空き教室まで引きずっていく紫乃は、俺の気持ちなんて微塵も気づかないんだろうな。


 
 頭はいいのに、なんでそういうところだけ鈍いの?


 一方的にずっと好きで、俺だけが一途に紫乃を好きで、全く報われないけど、紫乃の側を離れることが出来ない自分が悲しくなる。


 紫乃を好きになって、ずーっと一緒にいる間に、知識だけが無駄に増えていって。「月が綺麗だね」の意味(あいらぶゆー)さえ知らずに、気軽に口にできた頃に戻りたいよ。
 
 
「ねぇ凌?怒ってる?私、何かしちゃった?」 
「…嘘つき」
「…え」


 俺が思わず言ってしまった言葉で、紫乃はショックを受けたみたいだ。ごめん。ほんとに傷つけるつもりはなかった。


 じゃあ。何なら言っても大丈夫かな。今まで言い慣れた表現だったら大丈夫だと思う。
 あ、これなら許されるんじゃない?


「なんで急に彼氏欲しいなんて馬鹿な事言ったの?」

 
 よっし! たぶんダメージなし!!

 俺と紫乃は、「お互いを遠慮もちゅーちょもなく馬鹿と言い合える関係」を築いてきたから、馬鹿はセーフだと思ったんだよね!

 ちゅーちょ?の意味はよく分からないけど、たぶん我慢しない、とかそういう意味だと思う。


 考え事をしていた俺をじっと見つめながら、紫乃は真剣な目で口を開いた。子供同士が、親友に秘密を打ち明ける時みたいだなって思った。


「実はね、私、ひとつだけ凌に話してないことがあるの」
「それが紫乃が彼氏欲しいなんて言ったのとどう関係があんの?」
「私、19歳の誕生日までに結婚しないと死ぬの」


 …は?

 紫乃が言うには、入学式の次の日の事故と関係があるらしい。
 紫乃は、俺を庇って車にはねられて、もう意識が戻らないかもって言われてたんだっけ。


 その時に悪魔と契約したから、紫乃は意識を取り戻せたらしい。

 医者があの状態からの復活は奇跡だ、みたいなこと言って号泣してたけど、俺としては2か月の休学期間の勉強を1週間ちょいで取り戻せたことの方がすごいと思う。


 この話は本当に必要な時に、信頼してる1人にしか話せないらしくて、今までずっと俺に話そうとしてたけど無理だったらしい。
 俺のこと、そこまで信頼してくれてるとかマジで嬉しい。



 俺も何か紫乃の力になりたいなー、俺は紫乃のこと好きだし、ちょうどいいんじゃないか、ってことで、紫乃にたった今思いついた名案を、提案してみることにした。


「じゃあさ、それ、俺にしたら?」
「はぁぁぁ!??」


 あー、やっぱり無理だったかな。

 それとも、紫乃には他に好きな奴でもいるの?いない……よね?契約で恋人にするなら俺だよね?

 そんな心の声が漏れてたのか分からないけど、最終的に紫乃は頷いてくれた。


「………私と付き合ってください」
「よく出来ました!」
 
 
 俺の恋心は紫乃には届かない気がするから、契約上の恋人……このままいけば夫婦かも?、にはなっちゃうけど、せいいっぱい幸せにするし、大切にするから。


 だからどうか、これからもよろしくね、紫乃。