初恋にはブラックコーヒーを添えて

 大きく息を吸って、口を開く。


 大丈夫、怖くない。
 凌なら絶対に受け止めてくれる。


「……そこまで言われたらさすがに認めるしかないよね。私にとっての凌は、ずっと“特別”だったよ」
「紫乃にとっての俺が、ずっと“特別”だった……?」


 凌は信じられない、とでも言うように目を見開いている。

 その表情が眩しくて思わず目をそらしそうになったけど我慢して、凌の目を見て、はっきりと伝える。
 

「そうだよ」


 こういうのははっきり言わないと。私への想いを余すことなく伝えてくれた凌への、精一杯の恩返しのつもりだ。……ちょっと違うか。
 
 
「ねぇ、紫乃。俺、期待していいの?」
「凌、今まで言えなくてごめんね。ぜんぶの意味で大好きだよ」


 やっと、やっと言えた。凌への好意を自覚してから1週間。凌からすれば短い時間だっただろう。でも私からすれば長かったし、苦しかった。

 もちろん楽しい時間は多いのだが、やっぱりこんなにすぐ側に凌がいるのに、自分の想いを伝えることすら叶わないのが悔しかった。


「俺も好き」


 そう言い終わった瞬間、凌の目にはうっすらと涙が溜まっていく。

 私は大きくため息をついてから、凌の目元を指先で拭ってあげた。
 泣いてる姿がちょっと可愛いかも、なんて思ったのは凌には内緒。


「なーんでこの場面で泣いちゃうかなぁ……。凌っていつもはかっこいいけど、ほんとそういうとこだよね」
「紫乃も10数年間片想いしたら、俺の気持ちが分かると思うよ」
「凌くん………。ごめんて」


 凌は泣いているところを指摘されたのがよっぽど嫌だったのか、不貞腐れた顔をしている。本人は、もうしないでねアピールでもしているつもりなのかもしれないが、思いっきり逆効果だ。

 その美貌のせいで、どんな表情でも大体似合ってしまうことを、凌にはちゃんと覚えておいて欲しい。



 あぁ、怒ってる時の顔は別ね?あれは怖い。ほんとに。冗談抜きで。

 

「というわけで紫乃ちゃん、これからは凌想いということで、」
「大事な話の途中に申し訳ないんだけど、“凌”想いじゃなくて“両”想い、ね」


 口調はともかく、表情は真剣そうな凌の話を遮りたくはなかったが、さすがにそのレベルの誤字を見過ごす訳にもいかず。凌には凌自身も大事にはして欲しいけど、想うのは私にして欲しい。


 私がすかさず突っ込むと、凌は一瞬フリーズした後、大爆笑し始めた。


 ねぇ、今更気づいたのかよ。


「はーっ、まさか大事な大事な今後のお話をしようとしたタイミングで盛大に誤字るとは………」
「突っ込んだ私の気持ちにもなって欲しいものですよ」
「ごめんごめん、でもやっぱり俺たちにはこのくらいがちょうどいいのかもね」
「え?」


 このくらいってどういう意味だろう。やっぱりってことは、今まで通り、幼馴染として仲良くしてねって言いたいの?

 でも、もう手遅れだよ。せっかく両想いになれたのに、これまで通りの関係でなんて、絶対にいてやらない。

 
 そんなわがままな私の心配とは裏腹に、凌は幸せそうに目を細めた。

  
「これからも幼馴染として、恋人として。引き続きお互いを遠慮も躊躇もなく、馬鹿と言い合える良好な関係を築いていきたいと、俺は思ってるから、よろしくね」


 私の髪を撫でる凌の温かい手に、なぜだか泣きたくなった。
 やっぱりこの温もりが、世界で一番安心する。
 
 私のとんでもない思い違いに恥ずかしくなったのもあり、せっかく許可をいただいたばかりだし、と私は遠慮も躊躇もなく言ってやった。

 
「ばーか」
「なんで???」


 凌は不思議そうに首を傾げる。その仕草も本当に綺麗だ。




 ……って見惚れてる場合じゃないんだってば!


 逆に考えてみて欲しい。ここまでの会話の中でも既に、色々言いたいことはあるし、文句だってある。
 
 先程、お互いを馬鹿と言い合える関係でありたいと凌が言ったのは、最早私への盛大な振りではないだろうか。

 
「だって、せっかくの一生に一度の告白だったのに凌くん、泣いちゃうし、誤字るし、誤字るし、誤字るし、」
「もしかして紫乃ちゃん、めちゃくちゃ根に持ってる?」
「あたりまえでしょ!!!本当に凌はいっつもやらかしすぎだよ!!!!許せないけど、そういうとこも好きだから悔しい」


 私が思いの丈を正直に吐露してしまえば、凌は私の耳元にそっと口を寄せる。
 え、なんか嫌な予感。

 
「なんだか今日はいつにも増して積極的だね、……嬉しいけど」
「…っ」


 それはこっちのセリフだーーー!!!!!!

 くそぅ、今日も凌くんは非常に声も顔もいいですね。…なんて、私が声に出して言えるはずもなく。
 


𓈒𓏸𓈒 ☽ ꙳𓂃 ☕︎ 𓈒𓏸𓈒꙳



 凌に強制的に手を繋がれて、教室に戻ると、クラスにいた女子たちが少しざわつき始めた。

 廊下でも、ずっと視線が痛かったし、ずっと周りの悲鳴がうるさかったし、ずっと視線が本当に痛かった。


 そこから考えても、私たちのことが既に噂として、校内の女子ネットワークを駆け巡っていると言って間違いないだろう。本当に面倒だ。


 そして、噂といえば、情報屋の我が親友が黙っていないわけで。

 
「紫乃ー!あたし、聞いちゃったよ〜?」
「な、な、なずな」
「ふっふっふ、随分とまぁテンパってらっしゃるなぁ。さては、水瀬くんと両想いになったんでしょ」


 こんな時でも、私を気遣って、耳元で囁いてくれるなずなは本当に優しいが、今日はそれが仇となった。

 ほら、ついさっき凌くんのイケボをガチ恋距離で過剰摂取したばかり、だしさ?うん、自分で言いながら恥ずかしくなってきたかも。
 私、絶対今、顔赤いって。
 
 
「どうしてそれを…」
「あ、やっぱりそうだった?水瀬くんが、真っ赤な紫乃の手を繋いでどこかへ行ったって話を聞いたから、もしかしてそうかな〜って」
 

 なずなの勘が鋭すぎて怖い。
 やっぱりなずなさんには隠し事は出来ませんわ。


「それでさ、あの……、再来週の日曜日、ダブルデートしないっ?」


 先程までと打って変わって、急にしどろもどろになるなずなに、これから何を告げられるのだろうと震えていたが、彼女の口から飛び出したのは、すごく可愛らしいお誘いだった。

 こんな不安そうに聞かれてるし、断る理由もデメリットもない。

 
「もちろん!!」
「なずなちゃん、ちゃんと言えて偉いね」


 私が全力で頷くと、そんな声が聞こえた。
 あ、西園寺くんだ。後ろからなずなを抱きしめてる。相変わらずラブラブだね。
 

「か、奏太くん」


 カップル仲が良いのは私と凌もたぶん一緒だから、別に羨ましくも何ともないんだけど、恥じらう姿が可愛すぎるなずなを独り占めできるのはちょっと羨ましいかも。

 あ、なずなを好きとか、全然そんなつもりで言ったわけではなくて。

 
「凌、もう紫乃さんから言質は取ったことだし、いいよね?」
「奏太、お前やり口が汚いぞ。俺らと遊びたいなら素直にそう言えよ」


 凌がそう言って西園寺くんを小突く。ほんとに仲良いよなぁ、この2人。

 ちなみに私も、完全に凌と同意見だ。


 私となずなは、顔を合わせて笑い合う。いつもと変わらない光景のはずなのに、今日はいつもより鮮やかに見える。

 
 幼馴染だったり、親友だったり、初めての友達だったりした凌との関係に、また一つ名前がついた日だった。