初恋にはブラックコーヒーを添えて

「あ、来栖さん!もし良かったら、うちらと恋バナしよーよ!!」


 図書館で、好きな小説の新刊を借りてきた帰り道。ちょっとだけ香水のきつい女子に声をかけられた。
 誰だろ、この子……。たぶん隣のクラスの子だと思うんだけど。
 
 
 先程の誘い文句から察するに、これは昼休み恒例行事・女子たちの恋バナ大会at廊下といったところだろうか。

 白昼堂々、人目を忍ばず行われるそれが、私は本当に苦手だった。だって、廊下で大声で恋バナなんてしてたら、好きな人が聞いてるかもしれないし。
 やっぱり、いざ告白するときには、ちゃんとTPOを選びたいと思う。



 これは、私の好きな人──つまり凌の馬鹿ですら気にすることだと思う。あいつは微ロマンチスト兼、女子の気持ちを自分なりに考えてはみるタイプなのだ。
 

 ちなみに私は、2年前の事故の時に曰く付き☆ 大事故物件(「乙女の死」なんて花言葉)の鉢植えを貰ったことを、未だに根に持っている。

 凌は顔面は言うまでもなく、性格もいいが、本当にこういうところだ。私が幼馴染じゃなかったら、間違いなく破滅しているだろう。



 …なーんて言ってはいるものの、実は私は凌を好いていたりする。

 恥ずかしいし、恥ずかしいし、まだ未熟な気持ちではあるし、もうしばらくは本人に伝える予定はない。ごめん。


 というわけで、廊下で恋バナだけは絶対に嫌なので、キッパリと断っておく。


「結構です」 
「もぉ、つまんないなぁ」


 はいはい、どうせ私はつまんない人間ですよ。憎むなら、お誘いを断った私じゃなくて、関わったことのない人を恋バナに誘った自分にしてね。
 

「ねぇ〜、そういえばさぁ、うち聞いちゃったんだよねぇ?」
「え?なになに?」


 私がしっかりと参加拒否したことで、どうやらその子たちは諦めてくれたらしく、また友達と噂話を始めた。

 よし、相手にされずに済んだことだし、今のうちに逃げるか。

 
「来栖さんって、水瀬くんと付き合ってるんでしょ〜?」


 うん。なんか今、聞き捨てならない情報が飛び出たぞ??

 てかその情報、どこで手に入れた?
なずな(情報屋)経由じゃないと厳しそうなネタだと思うんだけど。

 でも、なずなは完全な娯楽目的の恋バナには情報は売らないしなぁ……。
 ちなみに、本人参加で応援目的の恋バナだったらいいらしい。

 
「は?どうしてそれを…?」
「あっ、やっぱりほんとだったんだ?」


 やっべ、自分で認めに行っちゃったよ。まだ、凌とは恋愛交際には至ってないのに……。
 

「はぁ!?あんたが水瀬くんと!?そんな…ありえない!!」


 だよね!!それが当然の反応だよ。だって凌は、校内でも有名人的ポジションを獲得してるもんね。

 テレビでも、人気芸能人が結婚したとか聞いたら、推しじゃないけど多少はショック受けるし。


 
 …やっぱり、私と凌の関係性を疑うのに、微塵もショックを受けなかった、うちのバンドメンバーがおかしい。
 

「水瀬くん…どうして……」
「……別に凌が誰と付き合おうと、あなたには関係ないでしょうが」


 たとえ芸能人の推しが相手だったとしても、自分の選択を人にとやかく言われたくないと思うんだよね。

 
「それが関係あるんよね。だってこの子、水瀬くんの事好きだから」
「あんたは水瀬くんと釣り合わないわよ!可愛くないし、勉強ばかりの頭かたい奴だし、スポーツ全然だし」


 えー?それはちょっと誤解だよ〜。凌くんは確かに顔面は国宝級だけど、勉強は幼馴染こと私がいなかったら全赤点みたいな人間だし、スポーツは……万能か。

 自分が凌に勉強面でしか勝ってないことに気づいてしまった私は、元凶の女子生徒たちにちょっとキレ気味に返した。

 
「あなたは凌の何なの?」
「…分かんない!でも、誰よりも水瀬くんが好きだった。だからあんたさえいなければきっと…!」


 私が冷たく返したら、凌を好きらしい方が泣き出した。もう1人は、全責任が私にあるかのように、こちらをキッと睨んだ。


 初対面の人をそんなに睨まないでくれるかなぁ…。



 私、さっき(心の中で)言ったよね?
 憎むなら私じゃなくて、関わったことのない人を恋バナに誘った自分にしてね、って。
 
 
「あーあ、泣いちゃったじゃん。可哀想に…。ってわけでさ、来栖さん。水瀬くんと別れてくんない?」
「お断りします」
「なんでよぉ?…来栖さんは水瀬くんをどう思ってるの?」


 それは…、好き、って思ってるけど。でも、こんなアウェー全開でそう言ってのける程、私は強くない。
 てか自分で言うのも何だが、凌くんと結婚しないと物理的に死ぬ私の方がずっと可哀想だろう。
 
 
「………誰よりも大事な幼馴染」


 何ひとつ嘘は言っていない。

 契約つきで恋人になった今でも、私たちは幼馴染であることに変わりはないのだ。

 
「幼馴染?」
「そう、ただのおさななじ…むぐっ」

 
「ただの幼馴染」と言いかけた口元を誰かの手によって塞がれる。私の周りで、こんなことをする奴はただひとり。
 

「…紫乃はほんとに強がりだね」
「うっそ、水瀬くん!?」


 大好きな凌の声が耳元で響く。…そう、私は今、凌に後ろから抱きしめられた状態で口を塞がれているのだった。



 凌がよく着ている白いパーカーの袖からは香水の大人びた匂いがする。
 あの凌が香水をつける日がくるなんて。凌が今までよりも、おしゃれに気を遣っている事が伺える。

 何もしなくても輝いている美貌が、更に眩しくなるからやめて欲しい。このままでは、私は凌の顔を見れなくなってしまう。





 そして、凌がおしゃれをするのはきっと私のため。

 凌は、どこまでも本気で私を落としに来てくれているのだ。そう考えただけで私の顔は真っ赤に染まった。