初恋にはブラックコーヒーを添えて

 なずなちゃんに告白して、成功した翌朝。僕たちは、今日も昨日と同様、凌の家のキッチンで朝ごはんを作っていた。

 
 そして、僕は今、凌の大嫌いな人参を凌の味噌汁にぶち込んでやるべく、木っ端微塵に刻みまくっている。

 というのも昨日、僕たちがせっかく確保してやった凌の勉強リカバリータイムを、凌の馬鹿は紫乃さんとイチャイチャするためだけに使ったらしいことが判明したからである。


 最初から、凌の馬鹿はこの機会を逃さないであろうことは僕もなずなちゃんも分かっていた。
 そして、僕も、このまたとないチャンスは、きっちり利用させてもらった。
 

 それだけなら良かったのに。
 では、何が問題か?

 そう、凌が全く勉強しなかったことである。昨日の夜、凌と男子会をした時に、奴は嬉しそうに語ったのだ。



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「奏太!俺、紫乃に告白した」
「へぇー、良かったね。僕の方もちゃんと告白してきたよ」
「好きって言ったら、紫乃、真っ赤になってて可愛いかった…。」


 僕の報告をガン無視して惚気んな。

 まぁ、凌が紫乃さんにベタ惚れなのは、1年近く見せつけられてきたし、わざわざ惚気られなくても知ってる。


 だから、僕も、凌と同レベルの冷たい返しをした。…お互い様ってことで。
 

「あっそ。どうせ凌のことだし、少し強引にオッケーもぎ取ってきたんでしょ」
「……なんで?」


 …嘘でしょ?

 今の流れは、告白して(ちょっと強引な手段は使ったけど)、なんとか付き合えることになりました……の流れじゃない?
 

「え?だって、凌が告白したら紫乃さん、真っ赤になったんだよね??それって、凌のことが好きっていうのとは違うの?」
「…マジで?俺的には、やっと意識してもらえるようになってきたかなってとこなんだけど」
「え…、紫乃さん難攻不落すぎない??」
「ほんとにね」


 もしかしなくても、男である僕から見ても割といい男(学力を除く)な凌と10数年過ごしたことで、恋愛感覚が鈍ってしまったのだろうか。
  
 
「途中で心折れなかったの?ちょっと酷なこと言うけど、紫乃さんが他の人を好きになる可能性って考えたりした?」


 僕が遠慮なく疑問をぶつけると、凌は大きくため息をついた。あー、もしかしてそこまで考えてなかった?

 だとしたら申し訳ないとは思う。凌のことだし、絶対大丈夫だと確信してるけど。
 

「お前な…。親友だからって、聞いていい事といい事があるだろ」
「いいんだ」


 今のは駄目なパターンだと思ったんだけど。
 

「紫乃にとって、俺以上の奴はいない──なんて言えたらかっこよかったのに」


 そのセリフがすらっと出てくる時点で既にかっこいいと思うよ。


「でも俺にとって紫乃は、このくらいで諦められるような存在じゃないんだ。何年かかってでも、絶対に手に入れる」
「凌、お前、ほんとにかっこいいね」
「お前に言われても全く嬉しくない」
「ごめんごめん。じゃあお詫びに、今日の女子会の情報、明日なずなちゃんから仕入れといてあげるよ」
「なんでお詫びって言いながら、そんな上からなんだよ」


 僕の態度に、凌は不満げな表情を見せる。顔はいいけど、残念ながら、それは僕の専売特許だ。


 そして、凌の怒りをそらすのにいい話題……うーん、あ、あったあった。
 

「あ、そういえば凌、昨日少しは勉強した?」


 そう。僕となずなちゃんは、晩ご飯を作るという、本来の目的(ノルマ)もちゃんと達成済だ。
 凌たちも、もちろん勉強してるよな?と視線を向けると、凌は視線をずらしてきた。

 おい。ちょっと待てよ。
 

「あ……………やべ」
「こーのーーやーーーろーーーー!!!」


 僕と凌の叫び声が部屋中…いや、家中に響き渡った。
 


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「奏太くーん」


 大好きな声に名前を呼ばれ、回想を終える。


 ふと手元を見ると、僕が必死に刻み続けた人参はもう原形を留めていなかった。あとは味噌汁に混ぜてやるだけだ。

 人参は凌の嫌いな食べ物。くくくっ…楽しみにしてろ、凌。
 

「どうしたの、なずなちゃん?」
「今、考え事してたでしょ」

 
 さすがなずなちゃん。やっぱりバレてたか。本当に鋭すぎる。


「あ…、うん。ほんとにごめんね」


 なずなちゃんの目を真っ直ぐ見ながら、少しでも誠意が伝わるように謝る。


 せっかくの2人きりの時間を、凌との馬鹿らしい会話の回想に使ったことを、自分でも反省している。

 …あ、凌との会話、というワードでとある重大任務を思い出した。忘れそうだし、今のうちに聞いておくか。


「そういえばさ、昨日の女子会の様子をちょっと教えてもらうことって出来ない?」
「……ダメ」


 返ってきたのは意外な言葉だったけど、かと言って全く有り得ない訳でもない。
 まぁ、そういうこともあるよねって感じだ。多かれ少なかれ人には言いたくないことだってあるし。


「あ、そうだよね。無理に聞き出そうとしてごめ…」
「今は奏太くんとせっかく2人きりだからダメっ!!」
「…え?」


 2人きりだから駄目…え、じゃあそれってさ、


「なずなちゃんは僕のこと、独り占めしてくれるってこと?」


 身を乗り出して、期待に満ちた表情で問えば、なずなちゃんは顔を真っ赤に染めた。うわ…可愛い。
 

「うっ…かぁいい……。あ、あたしで良ければ」

 
 え?今、なずなちゃん僕のこと可愛いって言った?
 
 

 この角度だと…あー、そうだね。上目遣いになっちゃってたか。
 ほんとに我ながら、上目遣いの効果すごいなー、なんて。


「“西園寺奏太と上目遣いで目を合わせると好きになる”だっけ?僕は、ずっとなずなちゃんだけを見ているから、なずなちゃんは安心して僕に落ちてね」
「もう落ちてるんだってば…」


 真正面から目を合わせて問えば、当たり前かのように即答される。嬉しい。
 付き合ってる(昨日からだけど)とはいえ、やっぱり不安は絶えないから、僕ばっかり好きなわけじゃないんだと安心する。


 そして、真っ赤になったなずなちゃんがあまりにも可愛かったから、僕は無意識でとんでもないお願い事をしてしまった。


「ね、キスしてもいい?」
「……へ?」


 ああああああ何言ってんだ僕!!

 
 でも、ここまで来たらもう引き下がれない。
 せっかくのチャンスだし。本当はもっと丁寧にいきたかったんだけど。仕方ない。
 

 なずなちゃんをぎゅっと抱きしめて、そのまま顎をクイ、と持ち上げる。
 僕の方がなずなちゃんより8センチは身長が大きいから、ギリギリ上目遣いおねだりにならずに済む。


「…駄目?」
「い、いよ」
「え、ほんとに?」


 無理矢理お願いした身としては本当に申し訳なくなってきた。これ大丈夫かな…?もしなずなちゃんが嫌だったらどうしよう…。
 
 そして、僕は、情けないことに不安になってなずなちゃんの顔をもう一度見る。するとなずなちゃんは、むすっ、と頬を膨らませていた。

 これはもしかして、僕が不安がって、なかなかキス出来ないのを怒っているのだろうか。
 好きな子にこんな可愛い顔をされて、何もしないでいられるほど僕は強い人間じゃなかった。



 僕はようやく覚悟を決め……というよりは、体が勝手に動いて、彼女の唇にそっと触れるだけの優しいキスを落とした。



「やわらか……」
「うわ、ほんとだ…」
 

 自分たちのリアクションが、なんだかとてもピュアで笑えてしまう。それでも凌たちの純粋さには敵わないとも思う。
 けれど、僕たちはこれでいい。
 

 僕はこの先も、きっとずっとなずなちゃんの1番隣で、世界中の誰よりも彼女を幸せにする自信があるから。それこそ、凌だって僕には勝てないくらいに。
 
 だって僕は、なずなちゃんに恋をして、初めて自分の可愛さも全部含めて、“西園寺奏太”を誇れるようになれたのだから。