初恋にはブラックコーヒーを添えて

 私立天竺(てんじく)大学附属高等学校、通称天高。



 偏差値はそれほど高いとは言い難いけれども、制服の可愛さ、ある程度の治安の良さ、そして何より内部進学率の高さにより一定数の人気がある。
 

 つまり、受験生となる3年の教室でも、ほとんどの生徒がリラックスした表情を浮かべている。だから緊張しているのは私だけ。


 
「では新年度ですし、自己紹介でもしましょうか」



 出た、4月恒例行事。今日は自己紹介、明日は係決めといった具合で数日間過ごすので授業はしばらくない。やった。


 
「先生、1学年の人数も少ないし、名前知ってる人も多いと思うので、自己紹介は要らないんじゃないですか?」


 
 このクラスの中で1番授業を嫌っている癖に、凌はまた余計な事を言い始めた。
 凌とはお互いの母親が親友同士、家も近所。さらにはうちは共働きで両親はいつも家に居ないから、必然的に凌の家に預けられる。
 
 
 要するに、家族同然の幼馴染。彼が考えてる事は全部分かる、その時はそう信じて疑わなかった。
 

 
「ちょっと水瀬くん!!顔は知っててもお互いの事は余りよく分からないんだし、自己紹介した方がよくない?あたし、みんなの趣味とか全然知らないし。」
「あぁ、そっか。教えてくれてありがとう、三栗屋。」
 

 
 良かった…。ありがとう、なずな…。

 私の大親友ことなずなは、今日もファインプレーが炸裂していた。凌の爆弾発言に冷静に対処したなずなを、クラス中の人が視線だけで讃える。…それにしても。

 


 (みなせ)のひとつ前の席がなずな(みくりや)なのはわかるけど。なんで(くるす)の隣が凌の親友(さいおんじ)かなぁ!?

 
「紫乃さん、そんなに僕の隣、嫌だった?」

 
 噂をすれば西園寺くん。優しい栗色の髪ごと首をこてん、と傾けて聞いてくる。…上目遣いで。


 去年同じクラスだった女子生徒曰く、上目遣い西園寺くんと目を合わせると永久片想い確定の苦しい恋が始まってしまうらしい。
 複数の意味でそんなのごめんなので、直接目を合わせないように注意しながら、笑って返す。

 
「そんな事ないよ!ただ、お互いの親友同士が席近いのがおもしろいなぁって」
「そっか。紫乃さんは凌の隣だけがいいかと思ってたけど」
 

 西園寺くんは、親しみやすい(個人差あり)&可愛い系。凌とは真逆なタイプだけど、すごい気が合うみたいで。共通点なさそうだけどね。
 私は、西園寺くん以外で自分と同じくらい凌と仲良くしてる人を見たことがない。


 
「来栖さん、西園寺くん。仲良いのは分かったけど、お喋りは後にしてくださいね」
「すみません」
「ごめんなさい」

「先生、紫乃は奏太より俺との方が仲良いと思います。今の発言、撤回してください」
「水瀬くんも静かにしなさい」
「…はーい」
 

 
 うわぁ、無駄な発言。自分から爆発しに行ったよ、凌。これは後で慰めてあげなければ。

 
 ただ、自己紹介は、凌の言った通り既知の事実がほとんどであることが予想されるため、先生からはみんなが知らない内容を言うようにとの条件が出た。


 そのため、小学校の頃好きだった人(既婚者の担任)に告って盛大に振られた話…とか、幼稚園の頃、ガチで検討していた将来の夢の「ピンクの魚」が今となっては面白い話…とか、かなり変わった自己紹介になった。



 なんでみんな過去に遡るんだろうね。


 ご存じの通り、私も凌もお互いに隠し事なんてよっぽどの事が無ければあり得ないため、過去に遡っても無駄だ。


 
 大事な事なのでもう一度言います、私にとってはめっっっちゃくちゃ無駄。
 


「次は…来栖さんだね」
「紫乃のことは全部水瀬くんが知ってそうだけどね。どんな秘密が飛び出すんだろ」


 
 あーうるさいうるさい。私にも凌に言えないことくらいあるっつーの!!まぁ、これから話すのは、細かい内容については口止めされてたものだから仕方がないんだけど。
 

「えっと、来栖紫乃です。」


 
 みんなからの視線が痛い。

 
 特に凌。
 
 あの顔は…俺の知ってる内容だったら即刻言うからな、の顔で間違いない。凌は良いやつで誰よりも大切な幼馴染だけど、こういうところだ、ほんとに。

 
 でも、それでも普段の所業の良さと、類い稀なる運動神経、もはや無駄と言いたくなるレベルで整った顔面のせいで、凄くモテている。


 
 
 うん。分かる。



 同じクラスにならなければ、性格にやや難あり(私を含む一部の仲良い人だけ)なのも、勉強は全くと言っていいほど出来ない(赤点はギリ回避)のも知らないもんね。


 そこさえ知らなければ凌は完璧だ。だってあんなムカつく笑みを浮かべていてもなお、顔面補正のせいで、すごい綺麗に見えるもん。あんなに意地悪な笑顔だっていうのに。

 

 深呼吸をして、前を向き、笑顔を浮かべる。凌の意地悪な笑顔に負けないように。…とはいえ、私が今浮かべているのも、かなり黒い笑顔だとは思うけど。
 
 
「──私、今年こそは彼氏が欲しいです!!」

 

 声高々にそう宣言すると、ふと視界に映った凌がその綺麗な顔面に今までに見たことないレベルの驚きを浮かべていた。