王子様が、私だけに甘過ぎます!

ここは誰もいない、金曜日の生徒会室。


陽射しが心地良い空間の中で、私は顔を両手で隠したくなるくらいの恥ずかしさで一杯の状態。



「いや、なの?」

「や、じゃない、よ?」




そういう、問題じゃなくって…。
今にも簡単にキスが出来てしまいそうな程、そんな距離。

何時もの放課後に起こる、攻防戦。


いや、これに限っては毎度の事なんだけれども…。


私、永井葉子(ながいようこ)は、現在。
学園一イケメンで「氷の王子様」と称され…それと同時に私の彼氏である一条光樹(いちじょうみつき)くんの膝の上に、ちょこんと座らされている。



光樹くん曰く、彼女なら当たり前の安定定位置。
この態勢は、二人きりになればなる程濃密な距離。
何時もの事なのだけれど、そんな態勢には未だ慣れることは出来なくて、



「だって…流石にこれは…恥ずかしいよぉ…」


そう蚊の泣くような声で、光樹くんのシャツをきゅっと掴み、じわりと熱くなる頬を押さえて音を上げる私に、光樹くんはくすくす楽しそうに笑う。
楽しそうな顔をして、私を見つめる瞳ははちみつをとろとろと溶かしたみたいに甘くて、きゅんと胸がはねる。


だって、こんな非日常的なことが、自分の身に起きるなんて、そんなこと思うわけないじゃないか。
私を「可愛い」なんて言う、光樹くんの方が100倍素敵な人なのに…。

そんなことを思っていると、ぐっと私の瞳を覗き込んできた。



「ねぇ、そんなに?毎日してるのに…」


「ま、毎日してても!」


「んー…葉子は、ほんとに恥ずかしがり屋だなぁ…。まぁそんなトコも好きだけど」



そう言って、私のおでこにキスをした。


ちゅ


当然、私の顔は余計に赤くなる。
どくんどくんと、高鳴る鼓動は、間違いなくときめきそのもので、毎回同じことの繰り返しなのに、好きを感じてしまう私も大概だ。

そんな私を見て、更に楽しげに笑う光樹くん。


あ、この顔、好きだなぁ。
そんな風にいつも思う。
でも、そんなことよりも、光樹くんとの距離がどんどん近くなることが、耐えられなくて私は目を瞑る。



「あはは!葉子、顔真っ赤!かーわいっ」


なんて、耳元で話す光樹くんの声は、甘い甘い毒みたいで目眩がする。


「も、もう!光樹くん!」


それが擽ったくて声を上げると、


「ごめんごめん。怒った?」


光樹くんは、すぐに謝ってくれる。


「…知らない」


可愛げなく拗ねたことを言ってしまう私。



「じゃあさ、これあげるから、許して?」



そんな、心地良くて甘い声で誘惑してくる。



また甘い蕩けそうな声なのに、何時も揶揄われるようにして光樹くんは私を「可愛い」というものだから、そんなことないと拗ねて顔を背ける。


光樹くんが、きっと幻滅するだろう顔をして、困らそうとするのに、そんなのは全く通用しないと言う様に、光樹くんはそう言って、自分の手のひらに中くらいの箱を置いて、私の目の前に差し出して来た。
…何処に隠していたのか、そこには私の大好きな真っ赤に熟れたいちごの大きな粒が、箱いっぱいにびっしりと並べられていて驚いた。



「あ、ありがと…」


自分でも子供っぽいと思うけど、好きな物で機嫌が治ってしまう私は、その箱を受け取ろうとした。
なのに…。



「はい、あーん」

「……っ」


男の人とは思えないくらい綺麗な指が、魅力的ないちごをひと粒取って、遠慮なく私の口唇を撫でてから、私が口を開くのを促す。



「ほら、あーんして?」


「あ、あー…ん……」


恥ずかしさでいっぱいいっぱいになりそうだったけど、大好きないちごの誘惑には勝てずに、口を開いてしまったんだ。


「葉子、かわい……ほんと、なんでそんなに可愛いの?まじで、可愛過ぎ」




ぎゅうっ



「食べちゃいたいくらい」



囁きながらも、まるでふわふわとした羽で、大切なものを守る様な抱擁。
それに少し驚きながら、それでも口に含んだ分のいちごを咀嚼している私を見て、とろりと蜂蜜を溶かしたような瞳で微笑んでから、同時にそっと触れるだけのキスを落とされる。

『このままじゃ、本当にダメになりそう…』


ほんとーに、こんなやり取りは何時ものことなのに
心臓がバクバクして、目眩がするほど苦しくなる…。


「く、苦しい、よ?光樹くん…」


そう思って、光樹くんの胸の辺りをとんとん、と叩くのだけれども、光樹くんはそれを許してはくれなかった。


それどころか、大きな光樹くんの手が優しく背中を撫でる。


「ちょ…光樹くん!」

「んー?もう少し、葉子を堪能させて?」


なんて肩の辺りにぐりぐりと甘えられ、抱っこされたままでいると、不意に人の気配を感じた。


私はその気配を敏感に感じ取って、体を固くした。
それに気付いた光樹くんが、ドアの方を向く。





がちゃん


そんな大きな音と共に、突然回されたドアノブ。

其処から顔を出したのは、光樹くんの…親友で、光樹くん曰く【悪友・ただの腐れ縁】という、副会長の中島くんだった。

中島くんは、呑気に光樹くんの方を見て、やれやれという表情をした。
それに対してら思い切り苦虫を噛み潰した顔をして、盛大に舌打ちをする、さっきまでとはまるで別人のような皆さんくん。


「お、光樹ー、なんだ…ここにいたのかよー。何気に探したんだぞー?」


どことなく楽しそうな、何故かとてもご機嫌だ。


「あぁ?中島、勝手に人のイチャイチャタイム、ぶっ壊してんじゃねぇよ」


光樹くんは、低い低い声で、そう反撃をするのだけれど、中島くんには全く利かないようで、益々楽しげに会話を続けようとしてきた。


「きゃー、怖い怖い。ほーんとに葉子ちゃん以外には容赦ねぇのな」

「ちっ…人の彼女の名前気安く呼ぶな。減る」


そうなんです。
光樹くんは、口が悪い。
……それも何故か、私以外には……。


今にも牙を剥くんじゃないかと、思ってハラハラとしていると、きゆっと眉尻ハの字にした光樹くんが、


「葉子、ごめんね?折角二人きりになれたのに…」


なんて、私のことを案じてくれた。


「う、ううん!」

その気持ちが嬉しくて、ぶんぶんと首を横に振ると、ちょっと残念そうに、私の瞳を見つめる。


「そこは"嫌"って我儘言ってくれてもいいのに」


そんなことを言うと、私を優しく膝から降ろして、そっと頭を撫でた。


「名残惜しいけど、これから会議なんだ。定時で終わると思うから、待っててくれる?今日も一緒に帰ろう?」

「う、うん」

「ん。いい子」


ぽんぽん、と大きな手で私を撫でて、私を生徒会室から外へと送り出す。
その間も、私の手をきゅっと握り締めて…それからするりと横髪を耳に掛けてくれる。
そのスマートな仕草に胸がザワザワとする。



「おーい。オレの存在感わすれてね?まぁいーけど。つか、ほんとに葉子ちゃんてば愛されてんなー」

「だから、人の彼女を気安く呼ぶなよ」


そんな中島くんとの会話を背中に感じつつ、私は自分の教室に戻った。



親友である中島くんにでさえ、こんな風な感じで…。
それは、もう…私への最大限の愛情へと捉えてしまうから、色々自分の中に渦巻く、コンプレックスがまた一段と大きくなってしまうんだ…。