一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

「そろそろ寝るか。」
やっと満足してくれたのか、横にゴロンと転がってぎゅっと抱き寄せられ全身でその温もりに包まれる。

「晴明様は温かいです。…凄く安心します。」

「安心されても困るのだが…
それだけ信用を得られたのであれば、今のところは満足しよう。
俺も久しぶりに香蘭の笑顔を見れて安心した。
ああ…つい忘れてしまったが少し腹が減ってきたな。」
そう言うと突然むくっと起き上がり、晴明様はパチンと指を鳴らす。

「はい…。陛下御用でしょうか?」
部屋の大きな引き戸の向こうから突然声が聞こえてくる。私は慌てて毛布の中に隠れ込む。

別に婚約者なのだから、堂々としていればよいのだろうけど…。

「虎鉄、そなたも元気そうで何より。
何か消化の良い食べ物を用意してもらえないか。」

「陛下もご機嫌麗しく。今、食事を用意させます。少々お待ち下さい。」
虎鉄は、スーッと現れサッと消える。

「ありがとう。」
晴明は既に消えた影に向かって礼を言う。

「あ、あの方はどなたですか?」
私はそっと毛布から顔だけ出して、風のように去って行った人物の影を唖然として見つめていた。

「隠密の虎鉄だ。前にも一度会っている筈だが覚えてないか?寧々の兄でもある。」

「寧々ちゃんのお兄さん⁉︎」
いつどこで会ったのか全く思い出せないけれど…次に会う事が出来たならばちゃんと挨拶をしなくては、と深く思う。

「寧々ちゃんには余り似てませんね。でもとてもお優しそうです。」

「ああ見えて、一旦戦になればバッタバッタと屍の山を築く男だ。」

「人は見た目に寄らないものだ。俺以外の男には気を付けろ。」
そう忠告されてドキンと心臓が跳ねる。

「晴明様も…いろんな顔をお持ちですよね…。」

「そうか?俺は皆が求める皇帝を演じているに過ぎないのだが。
そなたを怯えさせたくも無いから正直に言おう。
そなたの前にいる時だけが本当の俺だ。他はただ演じているだけだと思っていて欲しい。」

「そう…なんですね。」
確かに皇帝陛下としてみる晴明様は、少し冷たい感じがしたけれど…全てが演技だったなんて。
それはそれで凄い才能だと思う。

「毎日…演じていては疲れませんか?」

「そうだな…演じすぎて自分自身を見失いそうになる時がある。だけど、そなたがいてくれると不思議とすぐに自分を取り戻せる。」
にこりと笑顔を向けられて、きゅんと心が踊る。

それから直ぐに温かな食事を寧々ちゃんが運んで来てくれた。
「寧々ちゃん、ありがとう。」

「いえいえ。李生様が陛下の食が細いと心配されてましたから、分かりやすく食欲が出て何よりです。毒味は私がしましたので、安心してお食べ下さい。」

食卓の上には、お粥から小籠包などいろいろな種類の天心が並らぶ。

「この短い時間でこんなにも⁉︎」
私もお茶の給仕を手伝いながら、寧々ちゃんと一緒に食事の準備をする。

「こちらのお宿は食堂が併設してるので、注文一つで直ぐでしたよ。この、小籠包がなんでも有名だとか。」

寧々ちゃんとそんな風にたわいもない話をしながら準備を整えていると、
「そなた達を見ていると本当の姉妹のようだな。」
片肘を付きながら寛いだ様子で晴明が言う。

「ずっと一緒にいるので、きっと似てくるのでしょうか。」
と、嬉しそうに香蘭が笑う。

「似て非なるものだが、ずっと見ていたくなるほどの幸せな気持ちになる。」
晴明もまたそう言って笑う。

「失礼な。私に対しての物言いですか?」
寧々ちゃんが晴明様に噛みつき、久しぶりに別邸にいる時のような穏やかで優しい時間がそこでは流れる。