「陛下、客人がお訪ねですがどうなさいましょうか?」
宦官がやって来て部屋の扉から声をかけて来る。
栄西殿か?と思いつつ、晴明も断る道理が無いと重い腰を上げ、
「客間に通しておけ。」
と、告げる。
今夜はこのままゆっくり眠りたかったなと、ため息を一つ吐く。
客間に行けば予想外の人物が1人で椅子に座っていたから、晴明も少し驚く。
「これは、秀英殿。どうされましたか?」
「夜分、お疲れのところ申し訳けありません。
何の保障もない身の私を快くかくまって頂けると聞き、偽りの姿のままでは申し訳が立たないと思い、居ても立っても居られず…挨拶に伺いました。」
秀英はそう告げて深々と頭を下げる。
「我が国にも利があっての事。人道的支援とまでは言えませんので、気にしないで頂きたい。」
晴明からしてみれば、あくまで負よりも利の方が大きいと判断したから乗ったまでだ。そこまで本人の事を思いやった訳ではない。
「それでもです。何かしらの負は少なからず降りかかる筈ですから。受け入れてくださりありがとうございます。」
頭を下げて礼をする秀英と言う人物は、思っていた以上に思いやりのある性格なのだと言う事が伺い見れる。
「上に立つ者があまり頭を下げてはならない。と、今は亡き武人が私に言われました。その礼が民の為、国の為になるのかを常に考えるべきだと。
私は当たり前の事をしただけ、礼には及びません。
隣国とは出来れば仲良くいたいと思っているだけですから。」
そう言って、晴明は秀英に手を差し出す。
「私はあなたとは友人になれると思っています。」
差し出された手を秀英はしっかり握り返した。
「事を起こすなら今です、今しか無い。
振り返らずに前進あるのみです。あなたが望む世を作る為、国民の為にも強い志を持って行動するのみです。」
晴明は秀英を鼓舞するようにそう強く言う。
「ありがとうございます。しかと受け止めました。
しかしあなたはとても素晴らしい人だ。
上に立つべき揺るがない精神力を持っている。私もその様に在りたいものです。」
秀英が絶賛してくるが、晴明はただ強い皇帝を演じているに過ぎない。
「私とて3年ほど前までは野山を駆け巡り、自由気ままに暮らしていた五男坊に過ぎません。
成すべき場所に立てば、自ずとそうなるものです。」
晴明はそれが今、与えられた自分の立場なのだと弁えている。
決してその地位に奢らず、何事にも謙虚でなければ人は着いて来てはくれない。この3年間でそれを学んだ。
お互い交わした握手の強さで、思い入れの強さを感じた。
ああ、と思い出した様に不意に秀英が笑いながら、
「これはお近付きのしるしにと思い、香の国から内緒で取り寄せたフルーツのお酒です。どうぞお納め下さい。」
と、赤く輝く酒瓶を掲げる。
「これは…もしや、景勝からの入れ知恵ですか?」
晴明は苦笑いしながらそれでも受け取る。
「確かにそうですが…晴明殿はお酒が好きだと伺いましたが…
えっ!?…もしかして違いました?景勝殿の悪戯ですか?」
酒は嫌いでは無いが毎晩晩酌する程ではない。どちらかと言うと付き合う程度でしか酒は口にしない。
景勝はそれぐらいの事は知っている筈だから、これは前回の媚薬入り酒を揶揄って仕向けたに違いない。
秀英はその事を知っている感じではないから、悪気は無いのだ。
「いや、嫌いではないので。
では、これは勝利した暁に一緒に頂く事にしましょう。」
そう言って快く受け取る。
「…それは、いつになるか分からない話しではないですか。景勝殿に嵌められた。もっと他の物にすれば良かったんだ。」
あたふたと頭を抱えて申し訳なさそうにする秀英が、真っ直ぐで清い心の持ち主だと分かる。彼ならきっと人々の期待に答え、良い国王になれるだろう。と、晴明はこの時確信した。
「そう遠くない未来に盃を交わす事になると私は踏んでおります。今年いっぱいには勝負が着く筈です。」
にこりと笑ってそう告げる。
「そんなに早く⁉︎…それは、まだ…私の心の準備が間に合いません。」
秀英は分かりやすく狼狽える。
「問題ありません。あなたなら必ず成し遂げる。腐り切った情勢は穴だらけで、突けば直ぐに壊れるでしょう。必要なのは金銭と兵力だ。貸せるものは惜しまず貸します。後はどこを突くか、誰を貶めるかに絞れば良いのです。」
晴明が戦略家で冷酷だと言われるのは、こういう一面があるからだ。
戦となれば戦術から何からなにまで、まるでゲームを戦略するようにピースをはめて行きいつの間にか陥落させてしまう。
それをまるで楽しんでいるように見えるから、周りにいる者はいつだって、敵じゃなくて良かったとゾッと背筋を震わせるのだ。
「未来は明るいと見た。非常に楽しみになりました。」
秀英は朗らかな笑顔を見せた。
帰り際、不意に彼は振り返ると、
「ところでその首飾りは翡翠ですか?」
と、晴明に問う。
ハッとして、晴明は何事もないように懐にそれを仕舞うが、内心やらかしたと思うほど気持ちは狼狽えていた。
「これは、大切な人から預かったお守りみたいな物です。」
動揺した為、咄嗟に隠したい本当の事を口走ってしまう。
「晴明殿のような完璧な方でも、お守りを大事にされているとは意外です。我が国は翡翠の産出国でして、次会う時のお土産は翡翠にします。」
秀英は嬉しそうにそう言って去って行った。
秀英殿は純粋な人格ゆえ根掘り葉掘り聞かなかったが、景勝のような捻くれ者だったら、痛い所を突くように攻撃されるところだった。
晴明はそう思いホッと息を吐いた。
香蘭とのことは強味にもなるが弱点にもなる事。その事を自分自身思い知らされる。
彼女との婚約を大々的にしたのは、世間の男共を牽制する為と、彼女を暗殺しようとする輩への宣戦布告だったのだが、世の中にその名が知れ渡ってしまう事は必然だった。
それを守りきる事が出来ると自信があったからだが、要らぬ敵を増やした事には違いない。
いずれは正妃にと言う思いも強い。
肩書きの無い彼女をどう認知させるか考えた末に決断したのだが、時期早々だっただろうか…。
世の中にはまだ彼女の顔とひととなりは隠してあるが、どこからともなく漏れるのは時間の問題だ。
今更後には引き返せない…。
彼女の守りは既に固めてある。
踊り子としての最後の旅は、選び抜かれた屈強な近衛兵達が守り抜くと信じている。
より良い環境をと、彼女に害なす者は全て排除し楽しい思い出だけが残る様に考慮もした。
全ては予定通りに動いている。
大丈夫だ…と、思うのに直ぐに駆けつけられ無い距離に、不安は拭いきれない。
宦官がやって来て部屋の扉から声をかけて来る。
栄西殿か?と思いつつ、晴明も断る道理が無いと重い腰を上げ、
「客間に通しておけ。」
と、告げる。
今夜はこのままゆっくり眠りたかったなと、ため息を一つ吐く。
客間に行けば予想外の人物が1人で椅子に座っていたから、晴明も少し驚く。
「これは、秀英殿。どうされましたか?」
「夜分、お疲れのところ申し訳けありません。
何の保障もない身の私を快くかくまって頂けると聞き、偽りの姿のままでは申し訳が立たないと思い、居ても立っても居られず…挨拶に伺いました。」
秀英はそう告げて深々と頭を下げる。
「我が国にも利があっての事。人道的支援とまでは言えませんので、気にしないで頂きたい。」
晴明からしてみれば、あくまで負よりも利の方が大きいと判断したから乗ったまでだ。そこまで本人の事を思いやった訳ではない。
「それでもです。何かしらの負は少なからず降りかかる筈ですから。受け入れてくださりありがとうございます。」
頭を下げて礼をする秀英と言う人物は、思っていた以上に思いやりのある性格なのだと言う事が伺い見れる。
「上に立つ者があまり頭を下げてはならない。と、今は亡き武人が私に言われました。その礼が民の為、国の為になるのかを常に考えるべきだと。
私は当たり前の事をしただけ、礼には及びません。
隣国とは出来れば仲良くいたいと思っているだけですから。」
そう言って、晴明は秀英に手を差し出す。
「私はあなたとは友人になれると思っています。」
差し出された手を秀英はしっかり握り返した。
「事を起こすなら今です、今しか無い。
振り返らずに前進あるのみです。あなたが望む世を作る為、国民の為にも強い志を持って行動するのみです。」
晴明は秀英を鼓舞するようにそう強く言う。
「ありがとうございます。しかと受け止めました。
しかしあなたはとても素晴らしい人だ。
上に立つべき揺るがない精神力を持っている。私もその様に在りたいものです。」
秀英が絶賛してくるが、晴明はただ強い皇帝を演じているに過ぎない。
「私とて3年ほど前までは野山を駆け巡り、自由気ままに暮らしていた五男坊に過ぎません。
成すべき場所に立てば、自ずとそうなるものです。」
晴明はそれが今、与えられた自分の立場なのだと弁えている。
決してその地位に奢らず、何事にも謙虚でなければ人は着いて来てはくれない。この3年間でそれを学んだ。
お互い交わした握手の強さで、思い入れの強さを感じた。
ああ、と思い出した様に不意に秀英が笑いながら、
「これはお近付きのしるしにと思い、香の国から内緒で取り寄せたフルーツのお酒です。どうぞお納め下さい。」
と、赤く輝く酒瓶を掲げる。
「これは…もしや、景勝からの入れ知恵ですか?」
晴明は苦笑いしながらそれでも受け取る。
「確かにそうですが…晴明殿はお酒が好きだと伺いましたが…
えっ!?…もしかして違いました?景勝殿の悪戯ですか?」
酒は嫌いでは無いが毎晩晩酌する程ではない。どちらかと言うと付き合う程度でしか酒は口にしない。
景勝はそれぐらいの事は知っている筈だから、これは前回の媚薬入り酒を揶揄って仕向けたに違いない。
秀英はその事を知っている感じではないから、悪気は無いのだ。
「いや、嫌いではないので。
では、これは勝利した暁に一緒に頂く事にしましょう。」
そう言って快く受け取る。
「…それは、いつになるか分からない話しではないですか。景勝殿に嵌められた。もっと他の物にすれば良かったんだ。」
あたふたと頭を抱えて申し訳なさそうにする秀英が、真っ直ぐで清い心の持ち主だと分かる。彼ならきっと人々の期待に答え、良い国王になれるだろう。と、晴明はこの時確信した。
「そう遠くない未来に盃を交わす事になると私は踏んでおります。今年いっぱいには勝負が着く筈です。」
にこりと笑ってそう告げる。
「そんなに早く⁉︎…それは、まだ…私の心の準備が間に合いません。」
秀英は分かりやすく狼狽える。
「問題ありません。あなたなら必ず成し遂げる。腐り切った情勢は穴だらけで、突けば直ぐに壊れるでしょう。必要なのは金銭と兵力だ。貸せるものは惜しまず貸します。後はどこを突くか、誰を貶めるかに絞れば良いのです。」
晴明が戦略家で冷酷だと言われるのは、こういう一面があるからだ。
戦となれば戦術から何からなにまで、まるでゲームを戦略するようにピースをはめて行きいつの間にか陥落させてしまう。
それをまるで楽しんでいるように見えるから、周りにいる者はいつだって、敵じゃなくて良かったとゾッと背筋を震わせるのだ。
「未来は明るいと見た。非常に楽しみになりました。」
秀英は朗らかな笑顔を見せた。
帰り際、不意に彼は振り返ると、
「ところでその首飾りは翡翠ですか?」
と、晴明に問う。
ハッとして、晴明は何事もないように懐にそれを仕舞うが、内心やらかしたと思うほど気持ちは狼狽えていた。
「これは、大切な人から預かったお守りみたいな物です。」
動揺した為、咄嗟に隠したい本当の事を口走ってしまう。
「晴明殿のような完璧な方でも、お守りを大事にされているとは意外です。我が国は翡翠の産出国でして、次会う時のお土産は翡翠にします。」
秀英は嬉しそうにそう言って去って行った。
秀英殿は純粋な人格ゆえ根掘り葉掘り聞かなかったが、景勝のような捻くれ者だったら、痛い所を突くように攻撃されるところだった。
晴明はそう思いホッと息を吐いた。
香蘭とのことは強味にもなるが弱点にもなる事。その事を自分自身思い知らされる。
彼女との婚約を大々的にしたのは、世間の男共を牽制する為と、彼女を暗殺しようとする輩への宣戦布告だったのだが、世の中にその名が知れ渡ってしまう事は必然だった。
それを守りきる事が出来ると自信があったからだが、要らぬ敵を増やした事には違いない。
いずれは正妃にと言う思いも強い。
肩書きの無い彼女をどう認知させるか考えた末に決断したのだが、時期早々だっただろうか…。
世の中にはまだ彼女の顔とひととなりは隠してあるが、どこからともなく漏れるのは時間の問題だ。
今更後には引き返せない…。
彼女の守りは既に固めてある。
踊り子としての最後の旅は、選び抜かれた屈強な近衛兵達が守り抜くと信じている。
より良い環境をと、彼女に害なす者は全て排除し楽しい思い出だけが残る様に考慮もした。
全ては予定通りに動いている。
大丈夫だ…と、思うのに直ぐに駆けつけられ無い距離に、不安は拭いきれない。



