一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

「ところで、香の国の皇太子は30代後半だと聞いていたのですが…?花柳殿はそれよりお若く見えますね。」
晴明は笑顔を絶やさず、しかしその視線は鋭い。

和やかだった雰囲気が、一瞬で凍りつく。

やはり…この男は皇太子ではないな。
と、すると何者だ?

晴明は持ち前の感の鋭さを発揮して、一行を目に留めた時点でこの男に違和感を感じていた。

冷戦状態の敵国相手だから、少しでも不穏な空気を感じとれば、直感の鋭い晴明は直ぐに反応する。

しかし親善大使と共に来たのだから、追い返す訳にはいかない。もう少し泳がせようかとも思ったが、隣国皇太子 景勝とも繋がりがある人物だ。

そして、香蘭に興味のある物言い…警戒しない訳にはいかない。

晴明は素早く思考を動かしいくつかの可能性を絞り出す。

先程から観察していたが話し方に立ち振る舞い、食事のマナーに関しては非の打ち所がない。
皇太子だと名乗っても、知らない者は誰も疑わないだろう…。

晴明がそこまで思考したところで、突然、親善大使である栄西が立ち上がり、晴明の側に立膝をついて耳打ちをするように話し出す。

「実は、このお方は前国王の忘れ形見、秀英(しゅうえい)様でございます。世が世なら第一王子のお立場いらっしゃいます。
実はクーデターの折に秘密裏に聖国に亡命されたのですが、最近身辺に怪しい動きが見られ、身の危険が押し迫っておりました。その事を景勝様に相談したところ貴方様に頼るべきと…。
こちら景勝様からのお手紙を預かりました。」

と、早口でそこまでを伝え、懐から手紙を出し晴明に渡してくる。

あいつがこんな小癪な事をするとはな、と晴明も意味ありげにその手紙を手に取り読み始める。

そこには、香の国の内情と秀英の置かれた立ち位置等が書かれていた。

噂で漏れ聞いていた前国王の悪政は全くの嘘である事。それよりも、今の国王がどうしようもないクズであり、国民から税金を巻き上げ、その金で日夜ハーレムを築き女遊びに耽っている事など、聞くに耐えない文章が書き連ねてあった。

そして政情を元に戻す為、香の国の一部の武官の中で、今こそ秀英の名の元に立ち上がり、事を成そうと躍起になっている事を知る。
 
「なるほど。」
晴明はそれだけ告げて手紙を懐へ仕舞う。

普段から冷静な男だが、このような重大な局面でも顔色ひとつ変えない。その大物ぶりにさすがだと香の国の者達は皆は感心する。

「とりあえず、食事を楽しみましょう。」
晴明はにこやかな顔でそう言いのけ、皆を席へ着くように促す。

「花柳殿は甘い物はお好きですか?
食後のデザートに我が国で採れたコリンという果物を用意させております。これは、南の暖かい地域でしか栽培出来ない貴重な果物です。是非舌鼓を。」

ワザと花柳の名で呼ぶのは、もしも周りに密偵がいてはいけないと配慮したまでだ。

「この時期に果物が採れるなんて、幸多き国なんですね、楽しみです。」

花柳こと秀英も機転を聞かせて、しばらく花柳のままで話しをし続けた。

何やら不穏な空気を感じながらも、表向きは2国間の交流なのだから、我が国自慢の特産品を売り込む事も忘れていない。

さすがは我が皇帝陛下だと李生はほくそ笑む。