気を取り直してゆっくりと、一歩一歩座長の元へと近付いて行く。まるで気持ちは死刑台に向かう囚人のようだ。
晴明様はそんな私に歩調を合わせ、少しでも歩きやすいようと肩に手を添え支えてくれる。触れられたところが火傷しそうなほど熱い。
「…座長…申し訳ありません。今…戻りました。」
座長は私をジロリと睨み付ける。
「何処をほっつき歩いていたんだ?
…覚悟はしてるだろうな。早く馬車に乗れ!」
氷点下ほどに冷えた低い声で座長は言う。
私は精一杯の拝礼をしなければと、地べたに正座して頭を下げようと思うのに、晴明様は私の肩を支えたまま離してはくれない。
「貴方が、月光一座の座長ですか?
私が彼女を連れ出しました。舞台は火の周りが早く危険だと判断したからです。お咎めを受けるなら私の方です。彼女は何も悪くない。」
晴明様の冷静な声は、私の心を優しく撫ぜてくれた。
「どなたか存じませんが…
うちの踊り子を助けて頂きありがとうございました。」
座長はとって付けたような定型文を並べ立て、これ以上は立ち入ってくれるなといいだけな顔で、私の手首を掴み強引に引っ張って引き寄せる。
その手を拒むように、晴明様は叩き落とし私を自分の方へ引き寄せる。
「彼女をどうするつもりですか?もしも体罰を与えるつもりなら渡す訳にはいきません。勝手に連れ出したのは私ですから、全ての責任は私にあります。」
彼は凄む座長に怯む事も無く、私の前に出て背に隠すように庇ってくれる。
「体罰?ハッハッハッ。我が一座はそんな事は決してしませんよ。さぁ、鈴蘭早く馬車に乗るんだ。」
座長の笑い声が暗闇に響き渡り、背筋がゾッと波立つ。
もう…充分だ。これほどまでに誰かに庇ってもらった事なんて今まで一度も無かったから、それだけで私の心は救われた。
私は彼を止めるように、着物の裾をツンツンと引っ張る。それなのに…
手をぎゅっと繋がれて、振り解く事さえ出来なくなってしまった。
「彼女を貴方の元に帰す事はとても出来ない。私は役人です。雇用関係が正当であるか調査させて頂きたい。問題が無ければ彼女をそちらに引き渡しますが、今宵は一旦預かります。」
そう強い口調で言うと、いつの間にか側に来ていた男と何やら一言二言、言葉を交わす。
「な、何を言っておられるのか。失礼な!私共は家族のように関係は良好だ。」
さすがに焦り出した座長が怒りを露わにする。
「鈴蘭殿、悪いが交渉決裂だ。
今宵は一旦私の元へ。怪我の手当もしなければならない。」
晴明様はまた私を軽々抱き上げて、座長に背を向け歩き出す。
「えっ…ええっ⁉︎」
まさかこんな展開になるなんて思ってもいなかった私は、彼の腕の中オロオロと視線を泳がすばかり…。
「おい!鈴蘭はうちの大事な踊り子だ。いくら役人でも、勝手に連れ去る事は許されない。」
後ろから座長の怒鳴り声が聞こえてくる。
なのに晴明様は涼しい顔で、お構い無しに座長の声を無視してどんどんと離れてしまうから、
「あ、あの…これ以上ご迷惑はかけられません…下ろして、ください。」
一生懸命に訴えるのに、
「心配しなくても、後はあいつに任せておけば上手くやってくれる。貴女の事は悪いようにはしないから安心して。ひとまず今宵は大人しく連れ去られてくれ。」
彼は先程とは裏腹に、笑みを浮かべ優しい声で私をなだめる。
そしてどこからともなく駆け付けた馬車に2人で乗り込むと、風のごとくその場を走り去った。
一座に来てから一度とて、出歩く事の許されなかった私が、突然広い世界に1人放り出された。私はその現実に既に考える事を手放し、車窓から流れる都の景色をただ眺めていた。
晴明様はそんな私に歩調を合わせ、少しでも歩きやすいようと肩に手を添え支えてくれる。触れられたところが火傷しそうなほど熱い。
「…座長…申し訳ありません。今…戻りました。」
座長は私をジロリと睨み付ける。
「何処をほっつき歩いていたんだ?
…覚悟はしてるだろうな。早く馬車に乗れ!」
氷点下ほどに冷えた低い声で座長は言う。
私は精一杯の拝礼をしなければと、地べたに正座して頭を下げようと思うのに、晴明様は私の肩を支えたまま離してはくれない。
「貴方が、月光一座の座長ですか?
私が彼女を連れ出しました。舞台は火の周りが早く危険だと判断したからです。お咎めを受けるなら私の方です。彼女は何も悪くない。」
晴明様の冷静な声は、私の心を優しく撫ぜてくれた。
「どなたか存じませんが…
うちの踊り子を助けて頂きありがとうございました。」
座長はとって付けたような定型文を並べ立て、これ以上は立ち入ってくれるなといいだけな顔で、私の手首を掴み強引に引っ張って引き寄せる。
その手を拒むように、晴明様は叩き落とし私を自分の方へ引き寄せる。
「彼女をどうするつもりですか?もしも体罰を与えるつもりなら渡す訳にはいきません。勝手に連れ出したのは私ですから、全ての責任は私にあります。」
彼は凄む座長に怯む事も無く、私の前に出て背に隠すように庇ってくれる。
「体罰?ハッハッハッ。我が一座はそんな事は決してしませんよ。さぁ、鈴蘭早く馬車に乗るんだ。」
座長の笑い声が暗闇に響き渡り、背筋がゾッと波立つ。
もう…充分だ。これほどまでに誰かに庇ってもらった事なんて今まで一度も無かったから、それだけで私の心は救われた。
私は彼を止めるように、着物の裾をツンツンと引っ張る。それなのに…
手をぎゅっと繋がれて、振り解く事さえ出来なくなってしまった。
「彼女を貴方の元に帰す事はとても出来ない。私は役人です。雇用関係が正当であるか調査させて頂きたい。問題が無ければ彼女をそちらに引き渡しますが、今宵は一旦預かります。」
そう強い口調で言うと、いつの間にか側に来ていた男と何やら一言二言、言葉を交わす。
「な、何を言っておられるのか。失礼な!私共は家族のように関係は良好だ。」
さすがに焦り出した座長が怒りを露わにする。
「鈴蘭殿、悪いが交渉決裂だ。
今宵は一旦私の元へ。怪我の手当もしなければならない。」
晴明様はまた私を軽々抱き上げて、座長に背を向け歩き出す。
「えっ…ええっ⁉︎」
まさかこんな展開になるなんて思ってもいなかった私は、彼の腕の中オロオロと視線を泳がすばかり…。
「おい!鈴蘭はうちの大事な踊り子だ。いくら役人でも、勝手に連れ去る事は許されない。」
後ろから座長の怒鳴り声が聞こえてくる。
なのに晴明様は涼しい顔で、お構い無しに座長の声を無視してどんどんと離れてしまうから、
「あ、あの…これ以上ご迷惑はかけられません…下ろして、ください。」
一生懸命に訴えるのに、
「心配しなくても、後はあいつに任せておけば上手くやってくれる。貴女の事は悪いようにはしないから安心して。ひとまず今宵は大人しく連れ去られてくれ。」
彼は先程とは裏腹に、笑みを浮かべ優しい声で私をなだめる。
そしてどこからともなく駆け付けた馬車に2人で乗り込むと、風のごとくその場を走り去った。
一座に来てから一度とて、出歩く事の許されなかった私が、突然広い世界に1人放り出された。私はその現実に既に考える事を手放し、車窓から流れる都の景色をただ眺めていた。



