一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜


えっ?…えっ⁉︎

香蘭が状況を把握できるまで少しの時間を要した。

「なんのつもりだ。悪戯も大概にしろ…」

眉を吊り上げた晴明は景勝を威嚇する。

「ちょっとした遊び心さ。結果的に良い思いをしているのはお主だぞ。」
景勝はハハハっと豪快に笑う。

晴明はふと腕の中の香蘭を見下ろす。
真っ赤になって俯いてしまった彼女のつむじを見つめ、その真っ赤な耳やうなじが可愛いくて、胸を撃ち抜かれてしまう。

ちょっかいを出されてカッとなって思わず抱き止めたが…確かに、良い思いをしてるのは俺か…?

朝からずっと触れたいのを我慢していたのだから、一度触れてしまえば離したくないと欲が目を出す。

彼女の顔が見たくて、頬を撫でればビクンと小さく身体を揺らす。

「これはまた…なんて可愛らしい方だ。」

悪戯が成功して満足気な景勝だったが、思いも寄らぬ彼女の過剰反応に、男の本能が呼び起こされてつい、無自覚に手を彼女の頭に伸ばしてしまう。

それをバシッと容赦なく晴明に、はたき落とされ衣の袖で彼女自体を隠してしまう。

「そなたの私に対する悪行の数々…
そろそろそなたの父上に抗議してもいい頃合いじゃないだろうか?」

晴明はこれまでこの悪友から、仕掛けられた数々の悪行を思い出し、よく今まで交友関係を崩さずにいれたものだと、己の根気強さに自ら賞賛したいくらいだ。

「おいおい…そりゃないぜ。私はあくまでもお前の為に協力させてもらっただけだ。
今までだってお前の利にならぬ事はしてきてないだろ?」

確かに…
コイツは俺が立場をわきまえ躊躇している時に限って悪戯を仕掛けてきた。
だから、怒るに怒れないのだ…
コイツなりの祝福と捉えて許してやるかと、怒りを鎮圧した。

ツンツンツン…と、なかなか離して貰えない香蘭が、晴明の袖を引っ張り抗議してくる。

「ああ…悪い。つい…。」
抱き寄せた腕の力を緩め、少し乱れた彼女の髪を手櫛で整え解放する。

「…ありがとう、ございます。」
小さくお礼を言って離れる彼女は、俯き加減で顔を隠したままだ。

「香蘭殿、こいつはいつだって立場を忘れない忍耐強く良い男だ。
ただいつも本心を隠して己を抑えて生きて来たような奴だから、どうか、あなたの前だけでも己を開放出来る、安らぎの場になってやってくれたらと思う。」

景勝の悪戯はいつだって、友愛と尊敬に満ちている。
それが分かるから晴明も本気で怒る気になれないのだ。

「…心得ました。」
香蘭は健気に頭を下げて答える。

「ああ、そうだった!この場に来た本当の理由を忘れていた。
今日は婚約の祝福と変わらぬ友情を伝えたくて、忙しい予定の中、駆けつけたのだった。」

そして景勝は地酒をわざわざ持参したんだと、持って来ていた酒瓶をかざす。

お猪口を手にして3人で祝杯を掲げる。男2人はグビッと一気に飲み干すが、香蘭は恐る恐るちょっとだけ
口にした。

「無理はするな。」
景勝が祝いの言葉を述べて席に戻って行った後も、ちょっとずつ飲み進めている香蘭を止める。

何せ酒は初めてなのだから、香蘭にとって毒になるか薬になるか分からない。

「とっても美味しいです。」
少し頬を染めてこちらを見る香蘭を心配して、晴明はそっと頬を撫でる。

「大丈夫か…?」
よく見ると、大きな澄んだ瞳も赤みを帯びて潤んで見える。この程度の酒量でこんなになるか…?

不審に思った晴明は、今しがた自分が飲み干した猪口をくんくんと鼻をつけて嗅ぐ。

この甘い匂いは…

謀ったな!!景勝の奴…。
そう思うや否や香蘭を抱えて席を立つ。

「ど、どうされましたか!?」
急に抱き抱えられてびっくりした香蘭が、ぎゅっと晴明の首元に抱き付き目をぱちくりさせる。

「先程の酒には媚薬が少量混ぜらていた。」
晴明は口早にそれだけ伝え、早足に自室へと急ぐ。

晴明も景勝もこの手の薬や毒には幼い頃から耐性をつけている。
されど令嬢として育てられた訳ではない香蘭にとっては強く効いてしまうだろう…

抱き上げた華奢な身体が、幾分熱を持っているのを感じて焦る。

あいつめ!さすがにこれは…抗議文でも送りつけてやらねばと、怒りにも似た感情を燃やす。

こんな香蘭は誰にも見せたくない。見せる訳にはいけないと使命のようなものまで湧き上がる。

「陛下…!どうされましたか!?」
何も告げずにその場を立ち去った晴明を、慌てて李生が追って来る。

「景勝に媚薬を飲まされたのだ。あいつめ!全く悪戯が過ぎる。」
今宵はもう自室に2人とどまるしかない。

「誰も人を寄せつけるな。」
それだけ言い捨てて部屋に飛び込む。