一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

いつも優しく香蘭の言葉足らずの拙い話しも、じっくり聞いてくれる晴明しか知らなかったから、そんな姿を顧みて香蘭は驚きを隠せない。

やれやれと言う悪気の無い顔で右大臣は去って行った。

「…気を悪くしたか?あやつは普段から度を過ぎて場をわきまえ無い所がある。嫌な思いをさせただろう。気にしなくていいからな。」

晴明は扇子で顔を隠し小声で香蘭に優しく話しかける。

普段は皇帝である晴明にとって、このくらいの塩対応が普通なのだが、香蘭に怖がられるのはいささか辛いと場を取り繕う。

「いえ…私は何も…。
晴明様はお気を悪くされませんでしたか?」
と逆に香蘭が心配そうに聞き返してくる。

察するに、『渡り』という言葉の意味をよく分かってはい無いのだなと、晴明はホッとする。

「いや…。そなたが気を悪くしたのではないかと心配しただけだ。」

そう言って、香蘭にだけ見えるように扇子で顔を隠したまま微笑む。

「これではなかなか食事にありつけないな。腹が減っただろう?少し挨拶を控えるように伝えるか。」

この席に着いてから彼女が口にしたのは水だけだ。これではせっかくの料理も冷めてしまう。
朝から忙しくて無いも食べていないだろうと察する。

「大丈夫です。せっかくですし、この場を借りて皆様の名前を覚えたいのです。」
どこまでも純粋で真っ直ぐな彼女らしいと晴明は思った。

だが、そろそろ2人の時間も欲しい。
李生を呼び付け、祝いの言葉は明日改めて場を設けると伝えるように言う。

10数人ほど並んでいた人々が残念そうに席に戻って行く。

「良かったのですか?」
皇帝陛下のひと声でサーっと退いてしまった人々を、呆気にとられた顔で香蘭は見ていた。

「そなたの食事の方が大事だ。挨拶なんていつでも出来る。それにこんな事を言っては何だが、ここに来る奴らはほとんど媚を売りたいだけだ。
大事な者達は後で俺から紹介させてくれ。」
そう言って、陛下晴明は自ら香蘭に箸を渡し食べるように促す。

「では、晴明様も一緒に召し上がって下さい。」
香蘭は先に晴明が箸を付けるのを見守りやっと食事に手をつける。

「美味しいです。」
香蘭の今日1番の笑顔が見れて、晴明は一瞬、皇帝の顔を忘れて微笑んだ。