一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

広い会食の間には沢山の机が並び、その上には所狭しと豪華な料理が並ぶ。

壇場には3人の淑女達が隅の席に並んで座っている。
今日の主役である皇帝と香蘭はその一段上に席がある。どう見てもその場所は次期正妃の場所だと、ここにいる誰もが暗黙のうちに頷いていた。

香蘭はというとそんな事とは意図知れず、ここに来るまで3人の側室達の存在に気付いていなかった事に慌てふためき、居た堪れない気持ちに陥っていた。

確かに緊張で周りが見えていなかったし、薄布で視野が遮られていたけれども…。挨拶も無しにこの場にいるなんて、なんて無礼を働いてしまったのだろうと打ちひしがれていた。

壇上まで晴明の後を着いて歩きながら、どうにか挨拶をしなければとハラハラする。

段取りから外れてしまうけれど…これ以上後になっては失礼に当たる。そう思い、決心して一段下へ降り、3人の前で跪坐き頭を下げる。

「ご挨拶が遅れてしまい、大変申し訳ございませんでした。
私、香蘭と申します。どうぞよろしくお願い致します。」

足を止めて様子を見ていた晴明が自ら近付き、香蘭を立ち上がらせる。

「そなたから挨拶は必要ない。向こうから来るのが礼儀だ。」
と、香蘭に諭す。

それを聞いて3人の側室はどういう事⁉︎と思わず見合わす。

陛下はこの娘より、私達が下だとでも言っているの⁈

騒ついていたのはその席だけではない。

前列に座る来賓席にいた親交のある皇太子や、近隣諸国の大使達も、皇帝陛下の立ち振る舞いに只事ではない感じを受けコソコソと耳打ちをし出す。

「あの娘はどちらの出でしょうか?」

「さぁ…しかしあの陛下があそこまで他人に構うのは珍しい。
私は学生時分同級だったのだが、全く女人に見向きもしなかった方がこうも変わるものだとは…。」

隣国である聖国(せいこく)の皇太子、景勝(けいしょう)が驚きの声をあげていた。



会が始まりを告げ各来賓の紹介に、国楽団の演奏が続く。

その頃になると皇帝である晴明と香蘭の席には、挨拶をする為、顔を出す者達で列をなしていた。

かれこれ30人目の来客と2人は挨拶を交わす。

「これはこれは見目麗しい婚約者殿だ。私は上皇様の時代から仕えております、右大臣の長 孫楊(ちょうそんよう)と申します。
そこに控えている、娘の杏が側室として嫁ぎまして。
どうか、娘共々お見知り置きのほどを。」
ニヤニヤと薄気味悪い笑顔を振り撒き言ってくる。

せっかくの香蘭とのめでたい婚約の儀にまで、自分の娘を押し付けてくる太々しさに、晴明は片眉を上げる。

「いつでも連れ帰ってくれてよいぞ。
後宮にいても時間の無駄としか言いようがないからな。」
氷点下並みの寒さで皇帝晴明は右大臣を見やる。

「またまたー。私にとってはかけがいのない娘でございます。誰よりも学があり琴の腕は師範をも凌ぐくらいでございますよ。どうか、一度お渡りをしてその音色を聴いて見るべきです。」

陛下の機嫌など気にする事なく、右大臣は娘の自慢話しを話し続ける。

「お琴を弾かれるんですか?
私もお琴が大好きなんです。出来れば仲良くして頂けると嬉しいのですが…。」

皮肉も自慢も深読みする事無く、香蘭はその言葉のみを受け取って微笑みを浮かべてそう返す。

旅の一座という小さな世界て生きて来た香蘭にとって、他人の妬み恨みには鈍感で、誰よりも澄んだ心で人の良し悪しは伺い見ない。

そこは彼女の良い所でもあり、致命傷にも成りうる危険があると、皇帝である晴明は1番心配している。

このどす黒い渦に彼女を巻き込みたく無い。
出来れば彼女が気付かぬうちに、全ての根源を排除したいのだ。

それは厄介な側室達であり、未だ権力があると思い続ける上皇后も然りだ。

「右大臣殿、このようなハレの場所で身内の自慢話しはどうかと思うが。余は不快でならない、立ち去れ。」
氷のように冷やかにそう言い放つ。