一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

「さて、それでは参るぞ。」
香蘭は身を引き締めて陛下の後ろを静々と歩く。

この大きな背中に守られている安堵感。

けれど…その背中には、全ての国民の思いも受け止め、1人で立ちはだかる皇帝としての強さをも感じる。

この方が抱えている沢山の重圧を、少しでも軽くしてあげられるだろうか…。それが私の使命だと思いたい。

香蘭は気持ちを奮い立たせ、一歩一歩とまた足を進めた。


粛々と婚約の儀は執り行われる。

陛下が座る台座と並びにある香蘭の席との間は、2人分ほどの距離がありそれぞれの顔が全く見えない。まるで1人で座っているような心細い気持ちになる。

目の前には舞台全体に薄い布が天井からかけられ、招待客からも2人の姿は薄っすらとしか見えない状態だ。

舞台隅の三段降りたところに3人の側室が座っている。彼女達にとって香蘭の存在は邪魔でしかない。ライバルを蹴落として正妃の座を掴みたい彼女達にとって、これ以上の側室を望まない。

しかも新しい側室ときたら、誰の後ろ盾も無く何の地位も持ち合わせいないという。強いて言えば見目だけはまぁまぁだと言うぐらいだ。

1番目の側室である高琳は少し違和感を感じていた。陛下が明らかにいつもの無表情とは違うのだ。先程から口角が上がっているように見える。

あの娘何者なの!?

急に2日前に婚約の儀があると知らされ、顔見せもないまま今日を迎えた高琳にとって、私に一度も挨拶に来ないなんて、なんて失礼な女だとイライラを隠せないでいた。

それが今、陛下と並んで何食わぬ顔で座っている。

自分の時はこんな儀式もなかったから、それだけでもただならぬ恐怖心を覚える。

式の最後に退席する際、あの陛下が彼女を気遣い手を差し伸べている。しかも今まで見た事もないにこやかな笑みを讃えているではないか。

「杏様…あの方ご存じですか?
誰なのかしら⁉︎今まで陛下があんな風に手助けする姿なんて見た事ないわ。」
つい、隣にいる3番目の側室にコソコソと話しかける。

「どなたかなんて知りませんわ。
お父様に聞いても分からなかったんです…。今日の日も陛下が突然決めた事のようですから。心していなさいと父から言われました。」

3人の誰もが強敵が現れたと警戒する。