一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

緊張でバクバクと動悸が治らない、一旦落ち着かせようと深呼吸を一つする。
初舞台の時だってここまで緊張はしなかったのに…。

香蘭はそう思いながら寧々に助けてもらい馬車を降りる。

朝早い時間帯、辺りは朝靄が立ち込めて神秘的な雰囲気を醸し出していた。

広くそびえ立つ階段前には警備の者が4人整列して、頭を下げて臣下の礼をとっている。

香蘭は昨夜、一生懸命に頭に叩きこんだ段取りを思い起こす。

この階段は確か30段、中央の踊り場だけは一回休憩して良い事になっている。そこまでは介助人の寧々と案内人の李生と共に、一気に登り切らなければならない。

頭から被った薄布で前がよく見えないし、裾の長い衣を踏まぬよう、足元を気にしながら上らなければいけない。

「では、参りましょう。」
李生の声で一段また一段とゆっくり階段を上る。

タンタンタン……

どこかから小気味よく階段を降りる音が聞こえて来るけれど、香蘭は前がよく見えないから、とりあえず踊り場まではと一生懸命集中して足元ばかりを見て上る。

踊り場までなんとか到着すると、はぁーっと、左手前を歩く李生がワザとらしいため息を吐く。
どうしたんだろと、香蘭は足を止め李生の目線の先を見ると、

「香蘭、良く参られた。朝から大変だっただろう。
衣装も凄いな。重たくないか?」
普通に話しかけてくるこの声は…⁉︎

「晴明様…!?」
ここに居てはいけない人が薄布越しに見えて、香蘭は目を見開いて固まってしまう。

「…陛下…段取り通り、簾の向こうで大人しく待っていて下さいと、あれほど申し上げたじゃないですか…。」

小声で咎める李生の声を聞いているのかいないのか、晴明は香蘭を見つめて同じように驚きの顔を見せる。

「…この世の者とは思えないくらい綺麗だ。」
晴明が呟くようにそう言うから、香蘭は戸惑い真っ赤になってしまう。

「美しいのは晴明様です…。」

白地に金の刺繍の香蘭と同じ生地を使った王服を着て、頭には五色の珠玉が垂れ下がった王冠、冕冠(べんかん)をかぶっている。

その姿はいつもにも増して神々しく、凛々しく映る。

「いやいや陛下、腑抜けている場合ではございません。段取り通りいらして下さらないと、儀式を執り行う者を困らせてしまいます。」
ついに李生は声を通常に戻して話しかける。

「型通りにハマる必要はない。余が皇帝であるぞ、控えよ。」
晴明は若干演技が入ったようにそう偉ぶって、香蘭の手を取り横に並ぶ。

「余は、婚約者殿と一緒に歩きたい。邪魔をするな。」

普段は平民を装って何でも申せと言うわりに、こういう時は妙に皇帝ぶるからタチが悪い。

伝統だったり昔ながらの作法だったり、そういうものを打ち破りたいという、気持ちの現れかと承知はしているが…まさか初手から挿してくるとは…。

はぁーと、再び李生はため息を吐いた。

「御意に。」
こういう時は従うしかない。
李生は身を引き先を譲り、香蘭の裾を持って歩く寧々の後ろに控える。

「では、参ろう。」
晴明は何事もなかったかのように、にこやかな笑顔で香蘭に話しかけて、左手で香蘭の腰元を支え右手で手を握る。

思いがけず密着した誘導だが、腰を支えられたお陰で幾分、肩に感じていた衣の重さが楽になって、香蘭は先程よりも楽に階段を上る事が出来た。