一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

その日はまた、いつも以上に忙しい日になった。

昼休憩は、鈴蘭と共にしたいと淡い期待を抱いていたが、夜の祈祷の合わせ稽古をしていると言う事で、彼女を遠目から見る事しか叶わなかった。

その後、早めの夕食をと誘ってみるが衣装合わせや準備の為、姐様は忙しいんだと寧々から却下される。

「これでは約束を守れないではないか。」
行き場のないやるせなさが、どんどんと雪のように降り積もる。

「今宵は雪が降りそうですね。参加人数が多すぎてご祈祷の舞台は庭になります。せめて雪が降り積もらなければ良いのですが…。」

夕方、李生が空を見上げてそう呟く。
その後、どんよりとした重い雲が空を覆い始める。

「舞台に屋根はつけれないだろうか…?
それに足元には絨毯を。今から出来る対策は全てしてくれ。」

今朝別れた際に見た、白くて華奢な鈴蘭の小さな足を思う。

「後、寧々に言って厚手の下履きを用意させろ。こんな雪が舞い散る寒空の下、外で踊らせるなんて…。」
祈祷開始まで後2時間しかない。
その頃にはハラハラと粉雪が舞い始めていた。

「屋根は出来たのか?至急軍師に連絡して、野営の際の知識がある兵を集めて屋根を作らせろ。」

俺が焦り苛立ったところで、何も出来ない事が歯痒い。

空を睨みながら既に仕事どころではない。始まる前に一目でも彼女に会えないだろうか。

夕飯を食べる間も無く練習をしていると聞いている。腹が減っている筈だ…。何か鈴蘭の為にしたいと切望する。

祈祷式が始まる30分前、やっと彼女に会える時間が与えられる。

俺は自分の身なりもそこそこに、薄暗い廊下を駆け抜け彼女がいる控え室へと、ひた走る。

「鈴蘭、入るぞ。」
少し息が切れたがそれどころでは無いのだ。
上皇后が顔を出せば、俺も指定の場に行かなければならない。

「はい…。」
部屋の中から小さな返事を聞いて、警備の者が扉を開く。

「…準備は、出来たか?」
白装束に身を包み、白粉も白く塗り上げ唇に真っ赤な紅をひく、鈴蘭に目が惹き足を止める。

天女がいるのなら、このような姿をしているのではないだろうか…。
それほどまでに美しく、その足元に跪き頭を下げたい気持ちになる。

ふと、足元を見ると寧々に指示した通り、毛布のような温かそうな下履きを履いていたのでホッと胸を撫で下ろす。

「晴明様。お忙しいのに…わざわざ足を運んで下さったのですね。ありがとうございます。」

ふわっと漂うように微笑む鈴蘭が眩しくて、心拍が急上昇する。だが、今はそんな感動に浸っている時間なんてない。

無理矢理意識を取り戻すように小さく首を振って、彼女に近付く。

「夕飯を食べる暇がなかったと聞いた。
少しでも食べられればと思って、肉まんを持って来た。」
そう伝えると昨夜の鈴蘭に習い、懐から布に包まれた暖かい肉まんを2つ取り出す。

ふふふっと彼女が反応して笑ってくれる。

「少し、腹に入れておいた方が良い。」
肉まんを1つ渡すと、大事そうに両手で受け取り、

「ありがとうございます。」
嬉しそうにぱくっと食べてくれる。

「あと、身体が温まる生姜湯を持参した。少しずつ飲んで身体を温めて欲しい。」
そう言って、竹筒に入った生姜湯を渡す。

俺が出来る事はこんな些細な事ぐらいだ。それでも何かしてやりたかった。

「ありがとうございます。お心遣い嬉しいです。」
竹筒を受け取り茶飲みに少し注ぎ、ふうふうと息を吹きつけ少し冷ますと、ちょっとずつ飲み始める。

「甘くてとっても美味しいです。」
瞳を輝かせて嬉しそうに笑いかけてくる。

「そうか…良かった。少しでも役に立てたなら走って来た甲斐があった。」
俺もつられて微笑み返す。
ほんの束の間、2人で暖かい気持ちになる。

「そろそろお時間です。」
寧々から終わりの合図を告げられる。
名残惜しい俺は、鈴蘭の手を握り冷たいその手を温めたいと息を吹きかける。

「ああそうだ。後これを懐に入れておくといい。懐炉になるからしばらく暖かい。」
火鉢で温めた焼き石を布袋に包み、即席の懐炉を作って持って来たのを渡し忘れるところだった。

「わぁー。お腹が暖かくてホッとします。」
彼女は懐にその懐炉を入れて感動してくれる。


「舞台が終わったら、また会おう。」
それだけ告げて楽屋を後にした。

外はハラハラと粉雪が舞っている。
これ以上酷くならないでくれと心で祈りながら、今度は自分の身なりを整える為、急いで今来た道を戻る。

代々引き継ぐ、皇帝だけが着ることが出来る赤紫の上着を羽織る。頭には皇帝帽を被れば顔は簾で隠れるようになる。

これで鈴蘭には、俺だと分からない筈だ。
この祈祷式は5日間続くらしい。
毎晩同じ時間に同じように音楽の調べと舞を踊り、住職は絶え間なく火を焚べる。

祈祷式の参加は初めての為、どんな感じなのか詳しくは分からない。