一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

「鈴蘭様。若をお連れしました。」
そう言って、李生が重たい扉を開ける。

「お待ちしておりました。」
鈴蘭が広い部屋の一段高くなった場所から、わざわざ降りて駆け寄って来る。

晴明は先程までの苛立ちも忘れ、嬉しくなってつい笑が溢れる。

少し手前まで来ると、ハッとして鈴蘭は足を止め急にしゃがみ込んで膝を折る。そうして腕を前に合わせて頭を丁寧に下げる。

晴明に対して最上級の礼をとり、

「本日は上皇陛下の祈祷の舞のお役目を承りまして、馳参じました。
上皇陛下のご様態が少しでも良くなりますよう、お祈り申し上げます。」
そう言って来る。

「そんな…堅苦しい挨拶は要らぬ。
それよりも、急の願いで慌てさせてしまったな。申し訳なかった…。
夕飯は食べたか?まだなら、ここで一緒に食べよう。」
晴明はそう言って鈴蘭の手を取り立ち上がらせて、奥の間の長椅子に座らせる。

その隣に晴明も腰を下ろし、
「元気であったか?足の怪我の具合はどうだ?」
鈴蘭の手を握りながらそう話しかける。

「怪我の方はもうすっかり良くなりました。ありがとうございます。
…晴明様はご多忙のご様子…少し、痩せられましたか?」
鈴蘭は距離の近さに戸惑いながらも、心配な顔を晴明に向けてくる。

「俺は大丈夫だ。
それよりも一緒に朝食をと約束しながらそれを叶える事なく、急ぎ邸を後にした事、申し訳無かった。」
ここに来てからずっと胸につっかかっていた棘を、今やっと取ることが出来た。

「いえ。お仕事ですから仕方がないです。私の事は気になさらず。それよりも、お顔色も良くありません。ちゃんと寝られておりますか?お食事も食べられないくらい忙しいのですか?」

鈴蘭は先程から晴明の心配ばかりだ。

「実は先程夕食をしたのだが、不快でほとんど食べられなかった。今から一緒に食事はどうか?」

「私達も…実のところ荷造りで忙しく、夕飯は食べていません。
あっ!お腹の足しにとお饅頭を忍ばせて来ました。」

鈴蘭は突然着ている着物の懐を探る。そして何やら取り出して包み紙を丁寧に解く。
すると中から小さな饅頭が2つ出て来て、

「寧々ちゃんとこっそり食べようと思っていた物です。良かったら晴明様がお食べてください。」
と、大事そうに両手で差し出してくる。

晴明はフッと笑って、
「そのような大切なもの。独り占めする訳にはいかぬ。李生、ただちに夕飯の準備を。腹が満たせれば何でも良いから早めにしてくれ。」

「承知しました。寧々も手伝ってくれ。」
そう言って李生は気を利かせて、寧々と共に部屋を後にした。

殿下の初恋は胸が痛くて見てられないと李生は思う。

連れて来られた当初は、鈴蘭に同情し早くこんな厄介事から逃げられるようにと、若干冷たく当たっていた。

それなのに近頃では、陛下の初恋を出来れば実らせてあげられないだろうかと…密かに思うほどだった。