一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

その後、上皇后の言いつけ通り側室とは名ばかりの、3人の女子達と夕食を一緒に取る事にする。

晴明にとってそれぞれ一度だけ顔通しで会ったくらいの名ばかりの側室だ。

既にその頃鈴蘭に一目惚れした後だった事もあり、彼女以外は皆同じ顔に見えてしまう程、興味が湧く事は無かった。

事あるごとに上皇后から、早く世継ぎをと言われ続けているのだが…。

そんな晴明の気持ちとは裏腹に、側室ら3人は色めき立っていた。

彼女達は何年も後宮に閉じ込められて、何の変わり映えの無い毎日に飽き飽きしていた。

そして今日やっと、始めて皇帝陛下にお目通り出来るのだ。このチャンスを逃してなるものかと、ここぞとばかりに躍起になる。

晴明が重い腰をあげ、遅れて食事処に到着した時には、既に側室達によって見えない戦いが繰り広げられていた。

なんなんだ…この部屋の異様な匂いは…?

足を一歩踏み入れた途端、鼻を付くのは香水やらお香やら、はたまた化粧の匂いやらが入り混じった不快な匂い。

せっかくの夕飯の美味しい匂いを掻き消して、これでは美味しい物も不味くしてしまうと、晴明は1人ため息を落とす。

席に着くなり、
「本日は、このような素晴らしい機会をお与え下さりありがとうございます。」
と容赦なく、1番上座に座る赤い紅で香水の匂いがきつい側室が声をかけて来る。

「上皇后の命を無碍に出来なかっただけだ。」
冷たく凍り付くような声で晴明が言う。

「ここに来て2年目になりますが、なかなかお目通が叶わず寂しい毎日を送っておりました。
こうして3人一緒の席ではありますが、お顔を拝見出来た事とても嬉しく思っております。」
今度は真ん中に座る側室が、嫌味を交えてそう言ってくる。

「それよりも何よりも、上皇様のお加減はいかがでしょうか?」
1番下座に座る側室がやっとまともな事を言う。

「そなたは…なんて名だったか?」
晴明は、事務的にそう尋ねる。

「私は、右大臣の長 孫楊(ちょうそんよう)の娘、杏(あん)と申します。」
3番目の側室が勝ち誇った顔で名を告げてくる。

晴明にとってはただの気まぐれで聞いただけに過ぎなかったから、『そうか。』とだけ一言答えて、箸を取り淡々と食べ始める。

「あら、杏様。抜け駆けは良くないですわ。
陛下、私は国防長官の蝶 倫白(ちょう りはく)の娘、洋(よう)と申します。
今宵も素敵なお顔を拝見出来て、それだけで私は嬉しく思います。」
2番目の側室の洋が嬉しそうに話し出すのだが、晴明は一瞬鋭く睨み付けただけで、それに返事をするでも無く、また黙々と食べ続ける。

ここにもし李生が居たら、気を利かせて間を取り持ち、もう少し穏やかな食事会になったであろうが…。

この場の空気は一瞬にして、氷点下のごとく氷付いた。