一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

それから、俺は仕方なく李生と一緒に夕飯を食べ、湯に浸かり1日の疲れを取る。

その後は自室に戻りやっと1人だけの時間を得る。

こういう時にふと頭に浮かぶのは、国の情勢だったり定例会の反省では無く、鈴蘭の事ばかりで…。
先程寝顔を堪能したにもかかわらず、また会いたいなと思ってしまう。

せっかく手の届く距離に居るのに、もっと話しをして彼女の人となりを知りたいし、自分の事も知って欲しい。そして願わくば1年後…いや、俺としては今からだって身請け出来ればと思っている。

急いてはいけない。
彼女にとって俺は、昨日会ったばかりのいちファンにしか過ぎないのだから。
そんな事を考えながら物思いに耽っていると…

「…晴明様…。」
外廊下から小さく可愛らしい声が聞こえて来る。

この声は…

早る気持ち抑え、平常心を装って返事をして扉を開ける。

「こんな夜更けに、どうした?…夕飯は食べたのか?」

こくんと頷く鈴蘭がそこに居て、それだけで嬉しくて心が躍り笑顔が溢れてしまう。

「あの…夜分に申し訳ありません。
お部屋までわざわざ来て下さったようなのに、寝てしまっていて…大変失礼致しました。」
申し訳なさそうな顔で俺を見てくるから、俺の中の眠っていた庇護欲が今、目を覚ましたかのように勝手に動き出す。

「そんな事は気にしなくて良い。
そなたは慣れない場所で疲れているのだ。休める時に休むべきだ。
それよりも足の怪我は大丈夫か?少し腫れてきたと聞いたが…。」

とりあえず廊下で立ち話は寒かろうと、部屋に通して火鉢の近くに座らせる。

「寒くは無いか?
都の冬は寒さが厳しい。慣れない者には堪えるだろう。」
一年中旅をしている鈴蘭にとって、この寒さは辛いのではと心配する。

行燈の明かりを頼りに彼女をよく見ると、風呂上がりのようないで立ちで、乾ききらない髪は布で覆われていた。風呂場からの帰り道に、わざわざここまで来てくれたのだろうか。

「今しがた温かいお風呂を頂きましたので大丈夫です。すいません…このようなはしたない格好で…。」

急に恥ずかしくなったのか、頬を赤く染めてうつむいてしまう。

「それは構わないが、濡れ髪のままでは風邪を引く。」
心配になった俺は少しでも温まって欲しいと、寝台から毛布を引っ張り出し、肩から彼女を包み込む。

「何か、俺に用があって来たのだろう?寧々はどうした?1人出来たのか?」

屋敷内であろうとも、こんな夜更けに1人で行動するのはいささか心配だ。

「寧々ちゃんは先におやすみして貰いました。
あの…今日はお気遣いありがとうございました。美しい生地や宝石などを見せて頂き、とても楽しい時間を過ごせました。お礼がどうしても言いたくて…。
こんな時間にすいません。
…それだけですので、これで失礼します。」

そう言って早々と立ち上がり、部屋を去って行こうとする。

「部屋まで送って行こう。」
俺もすかさず立ち上がり、鈴蘭の部屋まで送ろうと行燈を手に持つ。

「あの、お仕事でお疲れでしょうから…1人で大丈夫です。」

「邸内であろうと女子(おなご)が1人歩くのはやめた方がよい。それに足の怪我も心配だ。」
どうしても1人で帰らす訳にはいかないと、少し強めに諭す。

「…申し訳、ありません。
このような広いお屋敷は初めてで、作法もよく知らず1人でウロウロと…。」

鈴蘭が事の大事に気付いたのか、今にも泣きそうな顔になってしまうから慌てて取り繕う。

「そうではない。謝らなくていい。今日の最後にそなたの顔が見たいと思っていた。それに、俺としては少しでも長く一緒にいたいのだから役得だ。」

彼女の気持ちを和らげようと、今度は出来るだけ優しく話して聞かす。

この別宅は本館と離れが分かれていて、外廊下で繋がった後宮のような宮造りになっている。だから鈴蘭の部屋がある本館に戻るには、少しばかり寒い外廊下を歩かなければならないのだ。

この凍てつく冬の夜更けに、わざわざ礼を言う為だけに、寒い廊下を1人歩いて来たのだ。
鈴蘭のその慈悲深い心が、朝からのいろいろで苛立ち尖ってしまった俺の心を優しく溶かしてくれた。

手を繋いでも許されるだろうか…。

ほんの少し欲が出て、願わくば彼女に触れていたいと思うのは通常の男心だろう。

正直、野原を駆け、武道ばかりに熱を上げていた青春時代を送って来た俺にとって、女子は未知なる存在だ。どう扱えば良いか分からないし、女心というものもさっぱり分からない。

だが、彼女の事だけは全て解りたいと思う。

「廊下が凍っていると危ない。」
そう言って下心を隠しつつ手を差し出すと、戸惑いながらもその華奢で小さな手を重ねてくれるから、嬉しくてどうしようもなく心臓が高鳴ってしまう。

上に立つ者として、いつ何時でも平常心を崩さない事が大切なのだが、彼女を前にするとそんな基本的な事さえも脆く崩れてしまう。

冷たい外廊下を少し足を引きずり歩く彼女を気遣い、出来るだけゆっくりと歩調を合わせて歩く。

繋いだ手だけはポカポカと暖かい。

歩きながら彼女の今日一日が満足のいくものであったのかと気になり、

「商人からの品物に気に入った物はあったか?」
と、聞いてみる。

「あの…珍しい品々ばかりて、とても楽しかったのですが…。
私なんかの為に、大切な財産をこれ以上散財しないでください。」
喜んでもらえるであろうと思っていたが、これは…咎められているのだろうか…。