一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

「鈴蘭、久しぶり。元気そうでなによりだわ。今夜は絶対失敗は許されないわよ。なんせ皇帝陛下の音目の前で踊るんだから。」
春蘭から念押しされて緊張が高まる。

トントトントントン…
お囃子の太鼓の音が聞こえて来る。
香蘭はフッーと深く息を吐き、気持ちを整え舞台へと上がる。

やはりそこは長年染みついた芸だから一度入ってしまえば心は決まる。

シャンシャンシャン…
手に持った鈴で音を刻む。

晴明様は何処に…?だとか、誰といるの…?だとかも、もはや頭から消え失せて、ただ無心で身に付いた舞を踊る。

最後までどうにか間違わず踊り終えて、安堵と共に舞台の端で観客に向かって頭を下げる。

沢山の拍手と喝采を浴びて顔を上げると、パッと目に飛び込んでくる一際高い場所に座る皇帝の座。

そこに居るはずの人の姿はなくて…あれ、どちらに…?急に本来の目的を思い出して、香蘭は目を瞬いて何度も空席を見つめる。

「…香蘭!」
不意に近くから呼びかけられて、驚きそちらを舞台の上から見下ろすと…
そこには同じように驚きの顔を向ける晴明がいた。

近付いて来る彼は、立派な朱色の衣装を身に付け頭には皇帝しか冠ることが出来ない冕冠をかぶっていた。
ここに居る誰よりも気高く威厳があるその姿は、近寄り難い雰囲気を醸し出している。

そんな皇帝晴明が、両手を広げて香蘭だけを見つめ微笑んでくるから、その魅力に惹きつけられるように、一歩また一歩と勝手に身体が引き寄せられる。

フワッと抱き上げられて舞台から降ろされる。

そのまま大事なものでも運ぶような手付きで、抱き上げられたまま舞台の袖へと運ばれる。

「今日は2度もそなたに驚かされた。何故ここにいるのだ?」
嬉しそうに耳元でそう言われ、

「えっと…観てみたくて…。」

「晩餐会をか?」

「いえ…晴明様を…。」

「俺を…?」
晴明に目を合わせられると、引き込まれるように目が離せなくなる。

「はい…。皇帝陛下である晴明様を…観てみたくて。」
そう正直に言うと満面な笑みを見せられて、心臓がドキンと踊る。

舞台袖の暗がりまで抱き上げられたままの状態で、見つめ合って2人の世界に浸る。

「まさか…香蘭のお相手が…皇帝陛下だったとは…」

驚きとの信じられない気持ちが入り混じった声を聞き、ハッと我に帰って振り返る。

そこには今しがた踊り終えたばかりの春麗がいて驚きの目を向けていた。

「あっ…ごめんなさい。
春麗…これまでずっと言えなくて…。」
香蘭は咄嗟に晴明の腕から飛び降りて、春麗の前に駆け寄り謝る。

「雰囲気から…どこかの、お偉い方なのだとは…思っていましたが…。これまでのいろいろな無礼な態度、申し訳ございませんでした。」
さすがの春麗も皇帝である晴明を目の前にして、頭を下げて臣下の礼をとった。

「いや。これまで香蘭を守ってくれてありがとう。春麗殿には礼しかない。」
そう言って微笑む晴明を、また香蘭も見惚れてしまう。

「陛下!どちらにいらっしゃるのかと思えば…。
これから私の舞台なんですから観て下さいね。約束したではありませんか?」

突然どこからともなく声がして、甘ったるい香りと共に晴明目がけて走り寄る女が1人。場の空気も読まずに晴明の手を取り強引に引っ張って行こうとする。

「あれは…誰?」
呆気に取られた春蘭が怪訝な顔で香蘭にそっと聞く。
あの方は確か…
「…多分、側室の方だったかと…お名前…杏様でしたか?」
香蘭は朧げな記憶を辿って寧々に聞く。

「ええ、3番目の側室杏妃様でございます。少し幼く場も読めず申し訳ありません。」
何故か寧々が杏妃に代わり謝る。

「杏殿、いささか無礼が過ぎる。」
突然手を引っ張られ、香蘭から無理やり離された晴明は、渋い顔をして杏を戒め掴まれた手を強引に引き離す。

「だって…昨夜私と約束した筈です。今宵の舞台は必ず観て下さるって。」
甘えたようにそう言って、ムスッとしたあざと可愛い顔を晴明に向ける。

ああ…姐様にもあのぐらいのあざとさがあったら、陛下なんてイチコロなのに…と、寧々は心の中で思う。

「あの…せっかくですからみんなで観ましょうか。」
場の空気を気にして香蘭がそっとそう告げる。

晴明は内心このまま香蘭と、この場を去りたい気持ちをなんとか抑え込む。

「私は遠慮させて頂きます。皆様今宵はお楽しみ下さいませ。」
さすがに身の程を知っている春麗は、この場に居場所はないとサッとその場を後にした。

香蘭だって然りだ。杏にとっては婚約者香蘭は、ただ邪魔なだけの存在に違いないのだから…。

ここは身を引くべきだろうと重々承知している。一歩下がって香蘭は寧々にチラリと目配せをする。

皇帝晴明と側室を今2人きりさせるのは、香蘭の正妃としての地位を貶める事になりかねないと瞬時に判断し、引き下がってはいけないと香蘭を制する為、首を横に振る。

香蘭はそんな寧々に困り顔を向ける。

香蘭にとっては正妃でもそうで無くても構わない。ただ、晴明の側にいられるのなら側室でも、女中でも構わないのだから。その思いはずっと変わらない。

「香蘭、疲れてはいないか?」
そんな女達の心情を知ってか知らずか晴明は不意に振り返り、懐から手拭いを出して香蘭の額に流れた汗を拭く。

つい先程まで舞台で激しく踊っていたのだから無理もないが、自分が汗をかいていたなんて気付いていなかったから、恥ずかしくて頬を赤らめ俯いてしまう。

「寧々、香蘭に何か冷たい飲み物を。」
晴明の心はいつだって香蘭にだけ向いている。彼女のほんの少しの異変にも気付き敏感に反応する。

「衣装が重たくはないか?無理をするな。」
晴明の過保護加減は、たとえ皇帝を演じている時でさえ変わらない。

「陛下、そんな女中如き女子なんてほっといて私の舞台を見て下さいな。そろそろ時間になりますので、最前列のお席をご用意しましたから。」
わがままに育てられた杏は、人を気遣うという言葉など知らない。ただ己の欲を満たしたいだけだ。

先程からその目に余る杏の態度を、晴明は不快に思っていた。

何より大事な香蘭を傷付けかねない言葉の数々、聞き捨てならないと杏に避難の目を向ける。

それをいち早く感じ取ったのは香蘭で、
「私は大丈夫です。それより陛下、お早くお席へどうぞ。私は少し休ませて頂きますから。」
どこまでも気遣い、この場を上手く納めようと先手を打つ。