夕方、執務を終えた時点で憂鬱な気持ちになり、このまま逃げてしまいたい衝動に駆られる。
上皇后は幼少期から苦手な存在だ。
母と2人後宮に暮らしていた頃は、いびり倒され、多くの嫌がらせや陰険なイジメを受けたのは、全てこの人の指図だったと後で知った。
まぁ、辺境地に追いやってくれたおかげで伸び伸びと過ごせたのだが、心を蝕んだ母が早くに亡くなったのはこの人のせいだと恨みは消えていない。
このまま好き勝手にさせていたら、いつか国が滅びるかも知れないと思う程の金遣いの荒さは目に余る。ただ、後ろ盾に敵対する香の国がある限り、簡単に手を出せないのだ。
大人しく言う事を聞くのも今のうちだ。
秀英殿が政権を取り戻せば、あの人の悪行も世間に晒し罰を受ける事になる。それまでの辛抱だ。
「皇帝陛下が参りました。」
後宮の最も奥深い建物に上皇と上皇后の屋敷がある。ここに来たのはいつぶりか…
香蘭が見事な舞を見せたあの祈祷祭以来だなと、頭の片隅で思う。
上皇后の事は全て李生に投げ打っていたから、何とかやり過ごして来たのだが…。
「久々に来たか。
婚約の儀でさえ挨拶に来なかったお前が、今日は珍しく一人でやって来るとは。」
開口1番に嫌味を言われても、これがこの人の通常運転だから特に気にもしない。
「上皇后様におかれましては、いつ久しくお元気そうで何よりです。」
心にも無い形式的な挨拶をして、サラッと嫌味を受け流す。
「そなたの大事な婚約者は死んだのか?暗殺されたと噂で聞いたが。いっこうに葬式すら行われないから密葬にでもしたのか?」
想定内の嫌味を言われる。
「今は行方知れずです。しかし、彼女は死んでいないと私は思っています。」
俺がにこりと作り笑顔を見せれば、フンっと上皇后は鼻を鳴らして嫌味な目を投げかけられる。
「それにしては慌てふためき探す様子も見受けられない。既にどこかにかくまっているのか?」
「ご想像にお任せします。」
鋭い指摘も涼しい顔で聞き流す。
「しかし、何の特にもならない踊り子如きを嫁にして、そなたも所詮妾の子だ。皇帝として恥ずかしくないのか。」
少し怒り口調でそう言われるが、この人の嫌味は聞き慣れた。だが、香蘭の悪口を言われ流石にピクリと眉が上がる。
「お言葉ですが、彼女はとても素晴らしい澄んだ心の持ち主です。これ以上、貴方の汚い言葉で彼女を汚すのは不愉快です。
私がこの国の皇帝である事をお忘れなきよう願います。」
強めに牽制してその腐りきった目を睨み付ける。
「お前なんぞ怖くも無いわ。」
上皇后はフンと鼻でせせら笑う。
この人とはこの先も分かり合える日は来ないだろう…イラつく頭を振り無理やり気持ちを立て直す。
「今日お目どうりを願ったのは、私の知らぬところで妃候補を募っていると耳にしたもので。
今後、そのような事は辞めて頂きたい。私はこれ以上側室を増やすつもりはありません。」
断固として強く拒否の気持ちを示す。いずれは後宮を解体したいと思っているのに増やされては堪らない。
「そなたが子を成さないからだ。
このまま世継ぎが産まれなければ、この皇帝政権を揺るがす事になりかねない。」
それはひとえに自らの地位と今後を心配しているからに違いないのは見え透いている。
「それならば、私よりも第一皇太子に世継ぎを頼めば良い事です。」
第一皇太子は今や影の薄い存在で、表舞台に出る事を嫌う小心者に落ちていた。元々皇帝になる器ではなかったのだ。
「あやつは種無しだ。ここ10年、側室が5人いても産まれてきたのは2人のみ、しかも男子は1人のみ。それに既に40を過ぎた。この先子を成すのは無理だろう。」
だから、俺に託すしかないと言う事か…。
俺なんかに皇帝の座を継がせなくなかった人が、俺に託すしかないなんて滑稽だなと、密かに笑う。
「私は側室との間に今後も子を設けるつもりはありません。私の母のような生き方を誰にもさせられない。」
昔の記憶が蘇り、怒りが抑えられずぶり返す。
「思えばお前の母は弱かった。上皇の愛が冷め辺境地に追いやられ、心を病んで自死したではないか。そのような気弱な女子は後宮には耐えられん。」
「母を後宮から追いやったのは他でもない貴方です。陰湿な嫌がらせが母の心を蝕んだのだ。」
今まで何も言わずにいたが、婚約の儀の香蘭の涙が思い出され、言わずにはいられなくなる。
「わらわが殺したと言うのか?確かに鍛えてやってはいたが、それも、後宮で生き抜く力をつける為。自死を選んだのはわらわのせいではない!」
今ここに、母がいれば問いただせたが…今となっては本心は分からない。
上皇后は幼少期から苦手な存在だ。
母と2人後宮に暮らしていた頃は、いびり倒され、多くの嫌がらせや陰険なイジメを受けたのは、全てこの人の指図だったと後で知った。
まぁ、辺境地に追いやってくれたおかげで伸び伸びと過ごせたのだが、心を蝕んだ母が早くに亡くなったのはこの人のせいだと恨みは消えていない。
このまま好き勝手にさせていたら、いつか国が滅びるかも知れないと思う程の金遣いの荒さは目に余る。ただ、後ろ盾に敵対する香の国がある限り、簡単に手を出せないのだ。
大人しく言う事を聞くのも今のうちだ。
秀英殿が政権を取り戻せば、あの人の悪行も世間に晒し罰を受ける事になる。それまでの辛抱だ。
「皇帝陛下が参りました。」
後宮の最も奥深い建物に上皇と上皇后の屋敷がある。ここに来たのはいつぶりか…
香蘭が見事な舞を見せたあの祈祷祭以来だなと、頭の片隅で思う。
上皇后の事は全て李生に投げ打っていたから、何とかやり過ごして来たのだが…。
「久々に来たか。
婚約の儀でさえ挨拶に来なかったお前が、今日は珍しく一人でやって来るとは。」
開口1番に嫌味を言われても、これがこの人の通常運転だから特に気にもしない。
「上皇后様におかれましては、いつ久しくお元気そうで何よりです。」
心にも無い形式的な挨拶をして、サラッと嫌味を受け流す。
「そなたの大事な婚約者は死んだのか?暗殺されたと噂で聞いたが。いっこうに葬式すら行われないから密葬にでもしたのか?」
想定内の嫌味を言われる。
「今は行方知れずです。しかし、彼女は死んでいないと私は思っています。」
俺がにこりと作り笑顔を見せれば、フンっと上皇后は鼻を鳴らして嫌味な目を投げかけられる。
「それにしては慌てふためき探す様子も見受けられない。既にどこかにかくまっているのか?」
「ご想像にお任せします。」
鋭い指摘も涼しい顔で聞き流す。
「しかし、何の特にもならない踊り子如きを嫁にして、そなたも所詮妾の子だ。皇帝として恥ずかしくないのか。」
少し怒り口調でそう言われるが、この人の嫌味は聞き慣れた。だが、香蘭の悪口を言われ流石にピクリと眉が上がる。
「お言葉ですが、彼女はとても素晴らしい澄んだ心の持ち主です。これ以上、貴方の汚い言葉で彼女を汚すのは不愉快です。
私がこの国の皇帝である事をお忘れなきよう願います。」
強めに牽制してその腐りきった目を睨み付ける。
「お前なんぞ怖くも無いわ。」
上皇后はフンと鼻でせせら笑う。
この人とはこの先も分かり合える日は来ないだろう…イラつく頭を振り無理やり気持ちを立て直す。
「今日お目どうりを願ったのは、私の知らぬところで妃候補を募っていると耳にしたもので。
今後、そのような事は辞めて頂きたい。私はこれ以上側室を増やすつもりはありません。」
断固として強く拒否の気持ちを示す。いずれは後宮を解体したいと思っているのに増やされては堪らない。
「そなたが子を成さないからだ。
このまま世継ぎが産まれなければ、この皇帝政権を揺るがす事になりかねない。」
それはひとえに自らの地位と今後を心配しているからに違いないのは見え透いている。
「それならば、私よりも第一皇太子に世継ぎを頼めば良い事です。」
第一皇太子は今や影の薄い存在で、表舞台に出る事を嫌う小心者に落ちていた。元々皇帝になる器ではなかったのだ。
「あやつは種無しだ。ここ10年、側室が5人いても産まれてきたのは2人のみ、しかも男子は1人のみ。それに既に40を過ぎた。この先子を成すのは無理だろう。」
だから、俺に託すしかないと言う事か…。
俺なんかに皇帝の座を継がせなくなかった人が、俺に託すしかないなんて滑稽だなと、密かに笑う。
「私は側室との間に今後も子を設けるつもりはありません。私の母のような生き方を誰にもさせられない。」
昔の記憶が蘇り、怒りが抑えられずぶり返す。
「思えばお前の母は弱かった。上皇の愛が冷め辺境地に追いやられ、心を病んで自死したではないか。そのような気弱な女子は後宮には耐えられん。」
「母を後宮から追いやったのは他でもない貴方です。陰湿な嫌がらせが母の心を蝕んだのだ。」
今まで何も言わずにいたが、婚約の儀の香蘭の涙が思い出され、言わずにはいられなくなる。
「わらわが殺したと言うのか?確かに鍛えてやってはいたが、それも、後宮で生き抜く力をつける為。自死を選んだのはわらわのせいではない!」
今ここに、母がいれば問いただせたが…今となっては本心は分からない。



