一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

お寺の屋内に入ると縁側続きに何棟かの建物が見える。晴明は直ぐ入った所にある部屋に香蘭を通し、
「少しこちらでお待ち下さい。衣装を変えて来ます。」
と、香蘭の事を李生に託し足早に部屋を後にした。

「お疲れでしょう。少し休憩して下さい。」
託された李生は、緊張でガチガチの香蘭を落ち着かせる為、温かなお茶を注ぎ渡す。

「ありがとうございます。」
香蘭は緊張したせいか、喉が乾いていた事に今気付く。

「…美味しい。」
お茶の香しい香りに少し気持ちが溶けて笑みが溢れる。

「そちらのお茶は茉莉花茶(ジャスミンティー)と申します。香りに気持ちを安らげる効果があると言われています。陛下からのご指示です。」
晴明のそんな小さな気遣いに心が温かくなる。

香蘭が少しの間お茶で和んでいると、バタバタバタバタ…と廊下を急ぐ足音が聞こえて来る。
きっと晴明様が戻って来てくれたんだと思った香蘭は、嬉しそうに微笑み立ち上がる。

どころが…

「しゅ、秀英様が、いらっしやいました。」
廊下で待機していただろう寧々の慌てた声が聞こえてくるから、香蘭も慌てて気持ちを引き締め、
「は、はい。」
と返事を返す。
一拍間が空く間もなく扉はガラガラと音を立てて開かれる。

「あなたが香蘭殿か?」
香蘭は、バッと部屋に飛び込んで来た青年に目を丸くして固まる。

見れば少し息を切らしていて、急いで来た事を物語っていた。

「…お初にお目にかかります。私、香蘭と申します。
秀英様…ですか?」
慌てて両膝を床に付き、万世国流のお辞儀をして迎える。

「固い挨拶はやめて下さい。
…顔を見せて、香蘭…。」
香蘭はバッと両肩を持ち上げられるような感覚がして体が浮き立ち上がる。

お互い近い距離でしばらく見つめ合って動けない。

香蘭にとっては初めて会う家族なのだから、何て声をかけるべきか分からず、どうしたって気持ちが落ち着かない。

「えっと…。」
やっとの事話し出そうとした香蘭を秀英がガバっと抱きしめるから、また固まる。

「嗚呼…本当に良かった妹よ!
そなたの瞳は愛蘭様によく似ている…。本当に…生きていてくれてありがとう。」
秀英から感無量というように抱きしめられて、異性にあまり免疫がない香蘭は小さくに陥る。

「あ、あの…お兄様…。」
小さな声で戸惑いを伝える事しかできないでいる?

「…兄と呼んでくれるのか!!」
感極まったように秀英は至近距離で香蘭を見下ろす。

「あの…私の事を、ご存知でしたか?」
少し胸を押し距離を取る事ができた香蘭が、兄と言う初めて会った男を、ここでやっと落ち着いて見上げる。

「もちろんだ。
あなたが産まれて直ぐに内乱が起こり、共に逃げたが生き別れになってしまったんだ。
貴族出身の私の母は愛情の薄い人だったから、あなたの母君…愛蘭様は本当の母以上に私達ニ兄弟に寄り添って下さったよ。」

「お母様は…どんな人でしたか?」
香蘭は全く覚えていない母への思いが溢れて、思わず聞いてしまう。

「とても優しい人だった。
綺麗で朗らかでとても気さくで、鬼ごっこや蹴鞠遊びも一緒に楽しんでくれるような人だったよ。
元国王の父と、他国の貴族出身の私の母とは政略結婚で、夫婦関係もどこか冷めていたから、母としての愛情をくれたのは母よりも愛蘭様だった。
だから…君らとはぐれてしまったあと、父はひどく塞ぎ込み、生きる希望を失ったかのように見えた。」

そこまで話すと秀英はフーッと息を吐く。
「国境を越える手前で父と弟は捕まり…私は1人なんとか命からがら逃げたんだ。」

「お父様は…その後…?」
香蘭は知らなかったとはいえ、自分の家族が辿った末路に心が締め付けられる。声が震えて言葉が上手く出ないでいた。

「…父は…斬首刑に…
弟は行方が分からないままだ…生きているのかどうかも分からない…。」

「そんな…!」
香蘭は足に力が入らず崩れ落ちるようにしゃがみ込みそうになる。

「すまない…急にこんな現実を突きつけるようで…。」
慌てて秀英が抱き止める。

そこにガラガラっと扉が開いて、晴明が大股で2人に近付いて来る。

「失礼する。兄妹の再会を邪魔して申し訳ないが、彼女は私にとっても大切な人なので…。」
そう言って晴明は秀英から香蘭を受け取り、横抱きに抱える。

「申し訳ない…。もっと段階を踏んで話すべきでした。」
秀英は片手で額を押さえて項垂れる。

「いいえ…申し訳ありません…。
あまりにも私が知らなすぎて…世界情勢にも疎くて…。」
香蘭は何とか言葉を取り繕い秀英に詫びる。

「現実は厳しい…だけど、あなたが生きていてくれた奇跡に、私は感謝したい。」
秀英は香蘭を強く見つめ、伝えたかった言葉を紡ぐ。

途端に香蘭の目からは涙が溢れ、両手で顔を隠して声を抑えて泣き出してしまう。

「…無理もない。
香蘭はこれまで、自分の家族の存在すらも知らなかったのだから…。
秀英殿、少し彼女を休ませたいので一旦失礼する。」
そう言って晴明は踵を返して香蘭を抱いたまま部屋を出て行った。