一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

「一度別邸に戻る。李生にそう伝えろ。」
廊下に出たところで護衛にそう声をかけ、足早に外へと足を向ける。

俺にとっていつだって1番は香蘭なのだがら、昼より少し早い時刻に早馬に跨り別邸にとひた走る。

別邸に入り早馬を門番に預け、一目散に香蘭の居る部屋へと急ぐ。
「お帰りなさいませ…どうなさったのですか⁉︎こんなに早く…。」

部屋の前で寧々とすれ違い声をかけられるが、構っていられない程気が急く。

「香蘭に話しがある、人払いを。」
それだけ伝えて部屋前の扉に立ち、逸る気持ちを抑えて一呼吸する。乱れた前髪を手櫛で直し、
「香蘭、入るぞ。」
声をかけて足を踏み込む。


「は、はい…⁉︎」
バシャっという水飛沫と共に香蘭の驚く声⁈

まさか部屋で沐浴していたとは考えもせず、タイミング悪く飛び込んでしまったようだ。

衝立で仕切られた向こう側でバシャバシャと慌てて湯から出る音がする。

「申し訳ない。気が急いていて…考え無しに入ってしまった。慌てなくて良いから…ちゃんと着てくれ。」
さすがに俺も焦ってそう告げる。

「いえ、大丈夫です。ちょ、ちょっと待って下さいね。直ぐに身支度を整えますから…。」
慌てて着物を着ているであろう衣擦れの音とが静かな部屋に響く。
俺はその場から動けず佇むが、湯船からの香しい花のような香りが鼻を付き、どうしようも無く心拍が乱れる。

「あ、あの…机にお茶…そちらで少しだけお待ち下さい。」
衝立の向こうから顔だけ覗かした香蘭が、そう言って指を指す。俺は大人しくそれに従って椅子に座り、そこに注がれていたお茶に口をつける。

「…熱っ!」
注がれたばかりだったようで、知らずに飲んだ俺は舌を焼かれる。急いでその横に置いてあった水を飲み事なきを経るが、動揺を隠し切れない自分が滑稽に思えてフッと笑う。

「だ、大丈夫ですか!?」
衝立の向こう側から慌ててパタパタと駆け寄って来た香蘭が、驚き顔で俺の顔を覗き込む…
見れば下着の上に上着を羽織った状態で、髪は濡れたままで後れ髪から雫が垂れる状態だ。

「…あっ、いや、大丈夫だ。」
俺は慌てて立ち上がり、香蘭の濡れている髪を布で包み、ぎこちなくその上着を前で合わせ着替えを手伝う。

皇帝になってから着替えを手伝われる事ばかりだった俺が、まさか自分が手伝う側になるとはと思いながら、段々と楽しくなってくる。

「あ、あの…1人で着れますから…。」
慌てたのは香蘭の方で、驚き過ぎて思考が停止していたが、ハッと我に帰り、帯まで結ぼうとする俺の手を急いで止める。

「大丈夫だ。着物の着方は心得ている。意外と楽しいものだな。」
そう言って戸惑う香蘭の髪を拭いたり梳かしたり、一時全てを忘れて楽しんだ。

身なりが整い終えて、長椅子に座らせ湯呑みにお茶を注いで手渡す。
「熱いからゆっくり飲め。」
と、注意を促すと、彼女は言われたままにこくんと頷きお茶を啜る。

俺も彼女の横に腰を下ろしてお茶を飲む。
この頃には先程まで騒ついていた気持ちが、不思議までに凪のように穏やかになっていた。

「…あの、何か急ぎの用があったのでは…?」
落ち着き払ってお茶を飲む俺に戸惑い、香蘭は痺れを切らしてそう言ってくる。。

俺はというと、どう話し出すべきかと考えあぐねて、まだしっとりとしている彼女の髪に触れ、懐かしさが込み上げ唯一出来る縄縛りで髪を編見始める。

「こうして初めて香蘭に触れた日を思い出す。
あの頃はそなたにとって得体の知れぬ男だったと思うが、今はこうして心を許してくれている事を嬉しく思う。」

一年ほど前の出会いをつい昔のように懐かしむ。

「幸せは知らぬ間にやって来るものなのですね。」
そう言って微笑む彼女が愛おしくて抱きしめる。

「子供の頃に学問を教えてくれた師から、幸せとは直ぐ目の前にあるものだと言われたが、あの頃はさっぱり分からなかった…
今は幸せが目の前にあり、いつか全てが消え去ってしまうのではないかと怯えている。」
そうなのだ…俺は彼女を失う事が1番怖い。

「ずっと側にいて欲しいと願ってはいるが…
今から話す話を聞いてどう思うか…。」
言葉を濁しながら、探りながら、それでも勇気を振り絞り話し出す。

「今しがた虎鉄が戻り、そなたの出生が分かった。
少し前から予感はしていたのだが…。」
こくんと小さく頷く彼女の手を握る。

「そなたは、香の国の元国王の娘だ。
内乱の混乱で母娘共に行方不明になっていたらしい。
だから…今まで密偵に狙われ危険な目に遭ったのだ。
今はそなたが亡き者になったと敵は信じているから、しばらくは隠しておけるがそれも時間の問題だ。」