一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

夜も更け、洋はどんちゃん騒ぎからやっと解放されて婚約者と2人、今夜は宿に帰るとやっと屋敷を後にする。

そして、街の外れ宿に着き、
「はぁー。」
と、ひとつ大きなため息を吐いて洋は項垂れる。

「お勤めご苦労様でございました。」
婚約者のミンミンは、そんな洋を労うようにそっと微笑む。

「まだ…終わっていないのだ。
俺は、盛大な嘘をついた。誰も何も成し遂げてはいない。」
洋の言葉にミンミンは言葉を失い、顔から笑みが消える。

「どう言う事でございますか?」

「虎鉄殿、いらっしゃいますか…。」
洋がそう言うと、どこともなく風が吹き気付けば黒頭巾を被った男が、部屋の隅に鎮座していた。

「ひとまず、お疲れ様だった。追手も居らず、そなたの嘘は見抜かれず事を成し遂げたようだ。」
そう言って、懐から3つ握り飯を取り出し差し出して来る。

「毒は入っていない安心しろ。我らは決して裏切らない。」
用心深い洋にそう言ってのけ、自分も一つ握り飯を取り食べ始める。

「昨日の敵は今日の友か…。」
洋はそう呟き、握り飯を2つ取りひとつはミンミンに渡し、自分もパクリと頬張った。

「あの男、香民だな。香の国の防衛を担う男。今の国王の右腕だと呼ばれている。」

「そんな事…どうでも良い。あの男が何者なのか知らない方が身の為だと、何も知らずに志願したまで。俺はただの傭兵だ。」

「なるほど…我が国に渡ったのは金で雇われただけの奴らか。だから失敗しても我が国に居座り、国に帰ら無いヤカラがいるのか。」
虎鉄は1人納得したように頷く。

しかも、自分が放った隠密達を監視する者もいなければ、結果の真相を知る余地もない。
詰めが甘く何とも無様だ。これがこの国の防衛のトップなのかと、虎鉄は思わず苦笑いする。

「奴はそんなに偉いのか?」

「俺の知るところではかつてはかなりのやり手だった筈だ。」
香民と言えば10年前、確かに敵国の重鎮だった。今は年老いて、一線を退いたのか。以前のような鋭さは無い。

「この国は腐っている。今や王家と貴族達だけが私腹を肥やし、毎晩飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。民は重税を課せられ疲弊し声もあげられない。
このままでは香の国は腐っていく一方だ。」

「分かっているじゃないか。この国に留まる価値はない。既に欲しい情報は手に入れた。お前達は我が国万世国に亡命しろ。両親や家族…大事な者だけ連れて来い。出航は明朝3時、来た時と同じ港だ。」
既に退路も考えられていたようで、話の速さに洋は驚く。

事が成し遂げられたら、自分は捨て駒に過ぎないと思っていた。この腐った国に捨てられて後は好きに生きろと言ってくるのかと覚悟をきめていたのに…。

「我らの王は民を決して見捨てない。お前も既にその1人だ。安全な場所に家も用意してある。安心して海を渡れ。」
虎鉄はそう言ったかと思うと、風と共にスーッと消えた。

ミンミンはただその様子を、握り飯を食べるのも忘れ、あんぐりと口を開けて見守っていた。