一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜

香蘭は楽屋に戻り1人放心状態のまま鏡の前でしばらく座っていた。
これで、全てが終わったのかと実感もないまま、ただ、鏡に映る自分自身を見つめていた。

ふと、微か遠くにザワザワと鈴蘭の名を呼ぶ声がする。それが段々と大きくなり合唱のような渦となり、香蘭の耳にも届く。

副座長からきっと観客に向けて、鈴蘭は今夜限りだと話があったのかもしれない…。

当の本人はまるで他人事のように呆然とその合唱の声を聞いていたのだけど、

「姉様!何を呆けているのですか⁉︎
お客様がもう一度姐様に会いたくて、姉様の名を合唱しているのです!
さぁさ、早く舞台に上がって下さい。」
寧々が楽屋に走り寄り、香蘭の手を引っ張って立たせる。

「私が…呼んでいるの?」
「この大声援が聞こえませんか?沢山の観客が姐様を惜しんでくれているんです。
さぁさ、急いでもう一曲披露して下さい。」
舞台裏まで寧々に手を引っ張られながら、戸惑いのまま先に進む。

「お客様が…私を待っている…。」

自分はちっぽけなただの踊り子に過ぎないと思っていた。いつだって1番は春蘭で、自分の事などたいして見向きもされてないと…

恐る恐る舞台の中央まで歩き出て、観客席をそっと見つめる。
その途端、会場全体が怒涛の如く鳴り響く。

香蘭の知らぬところで、鈴蘭という踊り子は一人歩きしていて、こんなにも最後を惜しまれる踊り子になっていたんだと、今、実感する。

「ありがとう…ございます。」
鈴蘭である香蘭も感極まり深く頭を下げる。

声援と拍手喝采が会場全体を轟かせた。

最後に唄いたい歌…
胸がいっぱい一杯で、頭が真っ白になり何も浮かんでこない…

伴奏も演奏も無くただ、独奏状態でふと湧き出てきた歌を唄い出す。

どこで聞いたか分からない…でも深く古く昔から聞く子守唄を…。

その途端、会場全体がシーンと静まり返り、全ての観客が息を呑むように聞き入っている。

遥か昔に聴いたであろうその子守唄の旋律は、この広場に集まり沢山の民衆の心に染み渡り、涙を流す者や癒やされ心が洗われる者、きっと誰もの胸に深く刻み込まれたに違いない。