一途な皇帝陛下の秘恋〜初心な踊り子を所望する〜


「姉様、見てください!
白いお花が咲き乱れています。」

馬車の車窓から身を乗り出そうとばかりに、先程から寧々が珍しくはしゃいでいる。

「本当ね。凄く綺麗…」
香蘭もつられて外の景色へと目を運ぶ。

王都に入った途端、至るところに白い花々が植えられていて、都中が白い花で覆われていた。

この季節、建国記念を祝う祭りが開催される。
1週間をかけて行われるこの祭りは、毎年テーマが違い、それを楽しみに訪れる観光客で賑わいを見せていた。

月光一座は野外で行われる催し物に参加する為、この祭りの時期に毎年王都を訪れていたけれど、香蘭が花々を観て綺麗だなと心が動いたのは初めてだった。

「姐様!後で広場に行ってみましょう。きっといろいろな屋台が立ち並んで楽しいですから。」
寧々はウキウキした気分で香蘭を誘う。

だけど香蘭は浮かない顔で首を横に振る。

「私は疲れたから部屋で休んでいるわ。寧々ちゃんはお祭り楽しんで来て。」
香蘭はそれだけ言って寂しそうに笑う。

これ以上晴明に心配させたくないし、命を狙われている身で、また誰かを巻き添えにしてしまうかもと思うと心が痛い。

そう思い車窓から外に目を向けると、そこには護衛に扮した晴明が颯爽と馬に跨り、周囲を警戒しながら並走している姿が見える。

晴明は護衛しながらも、先程受けた報告に思いを巡らせていた。

香蘭に毒矢を放った刺客は2名。
1人はその場で自害したが、1人は虎鉄の部下が捕え拘束していた。

彼等は主犯格に雇われたに過ぎない追手だが、自分の命を引き換えにしてまで忠誠心を露わにしている。それはひとえに主犯格が只者ではない事を物語っている。

捕らえた刺客は頑として口を割らず、未だ手掛かりが掴めない。
ただ1つ、刺客が持っていた武器に気になる模様を見つけたと報告を受けた。そこから何がなんでも手がかりを見つけ出せと指示を出したところだ。

「護衛さん、今日なんですけど公演まで出店を観に行っても良いですか?」
寧々が大きな声で護衛に扮した晴明に問う。

「寧々ちゃん、私は興味ないから…気にしないで行って来て。」
香蘭が慌てて寧々の袖を引っ張って小さく伝える。

「姐様、こういう時ほど堂々としていなくては相手の思うツボですよ。私も兄も付いてますし心配なさらないでください。」
寧々はどうにか香蘭をお祭りに連れ出したいと懸命だ。

2人のやりとりをしばらく黙って見ていた晴明が、
「香蘭が行くなら私も行く。」
と、何事にも揺るがない意志を見せる。

「…いやいやいや、貴方はそんな事してる暇ないですよね?」
寧々が思わずツッコミを入れる。

慌てて香蘭は晴明を止める。
「本当に…私はお祭りに興味は無いんです。」
と被りを振る。

その言葉が優しい嘘なのは晴明には痛いほど分かる。
気にせず行って良いと声をかけてやりたいが、さすがに昨日の今日だ香蘭を人混みに曝け出すには勇気がいる。

どうしたものかとため息を吐き、
「寧々、片っ端から露店で売ってる食べ物を買って来てくれ。今夜はそれを夕飯とし楽しもう。」

晴明が出した打開策に、寧々は残念そうな顔で香蘭を見る。

姐様を籠の中の鳥にしたくない。
世の中には姐様が知らない楽しいことが沢山あるんだと教えてあげたいのに…寧々の思惑は叶いそうも無いく残念に思う。

車内の雰囲気が沈んだところで、今宵お世話になる宿に到着する。

一行は重い足取りで、とりあえず宿に荷物を運び入れる。

香蘭はいつものように寧々と相部屋だと思い、寧々の後を荷物を持って歩いていると、
「姐様は今日は別のお部屋です。」

と寧々が香蘭の荷物を奪い、みんなと違う階へと階段を上る。香蘭も慌ててその後を着いて行きながら、
「…もしかして、晴明様と同じお部屋なの?」
と、こっそりと聞いてみる。

「もちろんです。もう既に一座のみんなは2人は特別な関係だと気付いておりますし、婚約者なのですから堂々と同じ部屋で良いのです。
その方が朝方こそこそ帰って来くる必要も無いですし。」
寧々は恥ずかしげも無く笑顔でそう言って来るから、香蘭は逆にドギマギしてしまう。

「…別に部屋は一緒じゃなくても…。
ただ晴明様が安眠できるからって…別にやましい関係では…。」
言ってるうちに段々恥ずかしくなって、顔が真っ赤になってしまう。

「へっ!?」
早歩きで最上階の部屋に向かって先導していた寧々が、急ブレーキをかけて振り返る。

「何も…無いんですか?…これまで…一度も?」
香蘭は真っ赤な顔のままこくんと頷く。

「あの方…大丈夫ですか?
よっぽど…お疲れなのか…婚約者でお互い好き合っている者同士、寝台を共にして何も起こらないなんて…。」
信じられないという驚きの顔を向けられる。

「寧々ちゃんって…いくつ?」
思いがけず大人びた事を言う寧々に戸惑いながら、香蘭は恐る恐る聞く。

「今年15歳ですけど。」

「そう、よね…。
私って晴明様からしたら…子供に見えているのかも。…色気とか…全然無いし。」
そう言って、しゅんと俯いてしまう。

「姐様は舞台の上では色気ムンムンですよ。同性の私だってドキッとしてしまうくらいなんですから。決して姐様のせいではないです。腑抜けなのはあの方です。」
寧々はきっぱりと言い切り、また前を向いて歩き出す。

「あの…寧々ちゃん。
今の事、晴明様には絶対言わないでね?」
何でも思った事を口に出してしまう寧々だから、さすがに香蘭も心配になって慌てて口止めする。

「私だってそんなプライベートな事に口出しはしませんよ。ただ、あの方のそういう堅物と言うか…生真面目なところにヤキモキしてしまいますけど…。」
なぜか寧々はプンプンと怒りながら階段を上って行く。

「結婚式まではって言ってらしたし…本当、気にしないでね?」

「大丈夫ですって何もいいませんから…。」
2人コソコソと話しながら先を急ぐ。


「何をそんなにコソコソしているのだ。」

突然後ろから張りのある低く響く良い声で話しかけられ、2人ビクッとして足を止める。

振り返ると知らないうちに晴明がそこにいて、2人は顔を見合わせて驚く。

「なんだ?俺が立ち入ってはいけない話か?」
不服そうな顔で2人を見てくる。

「いえ…あの…
あまりに、私ばかりが良いお部屋なのは一座のみんなに申し訳なくて…。」
香蘭はしどろもどろになりながら、必死で言い訳を探す。

晴明は納得したのかしないのか、寧々が持っていた荷物を受け取り香蘭の手を取り歩き出す。

寧々は一瞬意味ありげな顔をしたが、頭を下げてサッといなくなってしまった。

香蘭は少しの不安を抱えながら導かれるまま着いて行く。