(寧々side)
次の日は朝から小雨が降り始め、少し肌寒いくらいの天気になった。
副座長も今日立つべきかと頭を悩ませ、少しの間一行は足止めを余儀なくされる。
「雨…上がりそうも無いですね。」
先程から何度となく空を見上げ嘆きため息を吐く。やはりまだ15歳、母がいる都を恋しく思う。
同室の筈の姐様は、明け方やっと戻って来たと思ったのに、護衛に扮した陛下がずっと側に張り付いている。
もう早く踊り子なんで辞めて、嫁いでしまえば良いのにと思ってしまう今日この頃だ。
都を離れてから姐様はずっと浮かない顔をしていた。陛下に出会う前はいつだって気丈に振る舞っていたのに…。今の姐様は、より美しく儚く脆く恋する乙女なのだ。
同性として羨ましいとも思う。
それほど思い思われる人にはそうそう出会えないだろう。しかもその相手がこの国の皇帝陛下なのだから…。
民を惹きつけ止まない凛々しく美しい顔立ちの皇帝陛下は、何を為すにも揺るがなく、戦略家で頭も良い上に運をも味方に引き寄せ、この国の強き王として申し分のない人物だ。
普段は感情をあまり表に出さないから、家臣からは冷淡で冷酷な印象で怖がられてはいるが、本当はただの隠密である小娘のたわいない意見だってちゃんと聞き入れてくれる、懐深い大きな器の持ち主なのだ。
いつだってどんな時だって頼もしい背中に、憧れの様なものも感じていた。
隙の無い立ち振る舞いに揺るがない強い意思。
今までそんな強さしか知らなかった皇帝陛下が、姐様に出会った途端、恋愛事にはポンコツで人間らしい面を見せるようになった。
皇帝陛下には姐様のような人が必要なのだと今なら分かる。側から見てもお似合いの2人…
「もう、今日はこのままここで足止めで良いのでは無いか。」
陛下は既にそう決めたのか、護衛の隊服を脱ぎ捨ててラフな格好になっている。
「あの、陛下。お言葉ですが、この一座の長はあなたではありません。副座長が決めるまでもうしばらくお待ちになって下さい。」
そう言って私は陛下に嫌味を言う。
陛下が脱ぎ捨てた服は姐様が静々と拾い、丁寧に衣紋掛けにかけている。
「陛下、姐様は下働きでは無いと言っていたのは貴方ですよね?そうやって脱ぎ散らかす人がいるから姐様が片付ける事になるのですよ。」
小うるさい母親のように言ってのける。
この国の頂点に立つ人だけど、言うべき事ははっきり伝えるのが、私の役目だと勝手に思っている。
「寧々は段々と母親に似てきたな。口煩くて敵わない。」
陛下はそう言って苦笑いする。
それでも悪いと思ったのか姐様に『ありがとう。』とちゃんと礼を言っている。
姐様はにこりと微笑みと共に小さく首を横に振る。
献身的で、優しくて、何事にも負けない強い意志も兼ね備えている。そんな姐様を誰よりも尊敬している。
「姐様は陛下に甘すぎます。何でも最初が肝心なのですよ。言いたい事は直ぐに伝えるべきです。」
私がそう咎めると、
「…寧々ちゃんが羨ましいわ。
私ももう少し…しっかりしなければと思うのだけど…。」
姐様が私を羨ましいと言う。
何か言いたくて言えない事を溜め込んでるのでは無いかと心配になる。
「香蘭は今のままで充分だ。こんな口煩いのが何人もいたら敵わない。」
陛下はそう言って渋い顔をする。
「口煩くもなりますよ。本来なら宮殿にいるべき人がこんなへんぴな宿の、平民が泊まる安い狭い部屋にいるなんて…。」
私はそう言ってまた陛下に食ってかかる。
陛下の1番素晴らしいところは、身分を問わず偉ぶらず、誰とでも平等であろうというその心だ。
「この部屋の広さ、俺は嫌いじゃない。手を伸ばせば直ぐ欲しいものが手に入る。田舎に住んでいた頃を思い出す。」
そう言って陛下は姐様を引き寄せて、長椅子の隣に座らせている。
「晴明様の故郷は都から遠く離れているのですか?」
姐様がここぞとばかりに聞いている。
普段から控えめで引っ込み思案な姐様だから、陛下にきっと聞きたい事、言いたい事の1割も言えてないのではないだろうか。
「俺の故郷は都より北の聖国との国境沿いのへんぴな村だ。冬は雪が山を覆い外出さえも難しく閉ざされた場所になる。」
「それは…生活するには大変そうな場所ですね。
寧々ちゃんもそこで育ったの?」
「私達一族は元々、皇帝付きの隠密だったのですが、陛下が幼少期にお母様と後宮を出る際、お供に付く事になったそうです。
ですので、今は個人的に陛下の指示で動く隠密です。ちなみに私はその村で生まれました。」
「だから、2人はまるで兄妹のように仲が良いのね。」
腑に落ちたように姐様が言う。
「仲が良いとはちょっと違うぞ。腐れ縁と言うべきか仕方なくだ。」
陛下がそう言ってくるから、
「私だって、出来ればずっと姐様の付き人でいたいです。陛下の警護は無理難題が多くて大変なんですから。」
そんな愚痴をこぼしていると、何処からともなく風が吹いて来て…
次の日は朝から小雨が降り始め、少し肌寒いくらいの天気になった。
副座長も今日立つべきかと頭を悩ませ、少しの間一行は足止めを余儀なくされる。
「雨…上がりそうも無いですね。」
先程から何度となく空を見上げ嘆きため息を吐く。やはりまだ15歳、母がいる都を恋しく思う。
同室の筈の姐様は、明け方やっと戻って来たと思ったのに、護衛に扮した陛下がずっと側に張り付いている。
もう早く踊り子なんで辞めて、嫁いでしまえば良いのにと思ってしまう今日この頃だ。
都を離れてから姐様はずっと浮かない顔をしていた。陛下に出会う前はいつだって気丈に振る舞っていたのに…。今の姐様は、より美しく儚く脆く恋する乙女なのだ。
同性として羨ましいとも思う。
それほど思い思われる人にはそうそう出会えないだろう。しかもその相手がこの国の皇帝陛下なのだから…。
民を惹きつけ止まない凛々しく美しい顔立ちの皇帝陛下は、何を為すにも揺るがなく、戦略家で頭も良い上に運をも味方に引き寄せ、この国の強き王として申し分のない人物だ。
普段は感情をあまり表に出さないから、家臣からは冷淡で冷酷な印象で怖がられてはいるが、本当はただの隠密である小娘のたわいない意見だってちゃんと聞き入れてくれる、懐深い大きな器の持ち主なのだ。
いつだってどんな時だって頼もしい背中に、憧れの様なものも感じていた。
隙の無い立ち振る舞いに揺るがない強い意思。
今までそんな強さしか知らなかった皇帝陛下が、姐様に出会った途端、恋愛事にはポンコツで人間らしい面を見せるようになった。
皇帝陛下には姐様のような人が必要なのだと今なら分かる。側から見てもお似合いの2人…
「もう、今日はこのままここで足止めで良いのでは無いか。」
陛下は既にそう決めたのか、護衛の隊服を脱ぎ捨ててラフな格好になっている。
「あの、陛下。お言葉ですが、この一座の長はあなたではありません。副座長が決めるまでもうしばらくお待ちになって下さい。」
そう言って私は陛下に嫌味を言う。
陛下が脱ぎ捨てた服は姐様が静々と拾い、丁寧に衣紋掛けにかけている。
「陛下、姐様は下働きでは無いと言っていたのは貴方ですよね?そうやって脱ぎ散らかす人がいるから姐様が片付ける事になるのですよ。」
小うるさい母親のように言ってのける。
この国の頂点に立つ人だけど、言うべき事ははっきり伝えるのが、私の役目だと勝手に思っている。
「寧々は段々と母親に似てきたな。口煩くて敵わない。」
陛下はそう言って苦笑いする。
それでも悪いと思ったのか姐様に『ありがとう。』とちゃんと礼を言っている。
姐様はにこりと微笑みと共に小さく首を横に振る。
献身的で、優しくて、何事にも負けない強い意志も兼ね備えている。そんな姐様を誰よりも尊敬している。
「姐様は陛下に甘すぎます。何でも最初が肝心なのですよ。言いたい事は直ぐに伝えるべきです。」
私がそう咎めると、
「…寧々ちゃんが羨ましいわ。
私ももう少し…しっかりしなければと思うのだけど…。」
姐様が私を羨ましいと言う。
何か言いたくて言えない事を溜め込んでるのでは無いかと心配になる。
「香蘭は今のままで充分だ。こんな口煩いのが何人もいたら敵わない。」
陛下はそう言って渋い顔をする。
「口煩くもなりますよ。本来なら宮殿にいるべき人がこんなへんぴな宿の、平民が泊まる安い狭い部屋にいるなんて…。」
私はそう言ってまた陛下に食ってかかる。
陛下の1番素晴らしいところは、身分を問わず偉ぶらず、誰とでも平等であろうというその心だ。
「この部屋の広さ、俺は嫌いじゃない。手を伸ばせば直ぐ欲しいものが手に入る。田舎に住んでいた頃を思い出す。」
そう言って陛下は姐様を引き寄せて、長椅子の隣に座らせている。
「晴明様の故郷は都から遠く離れているのですか?」
姐様がここぞとばかりに聞いている。
普段から控えめで引っ込み思案な姐様だから、陛下にきっと聞きたい事、言いたい事の1割も言えてないのではないだろうか。
「俺の故郷は都より北の聖国との国境沿いのへんぴな村だ。冬は雪が山を覆い外出さえも難しく閉ざされた場所になる。」
「それは…生活するには大変そうな場所ですね。
寧々ちゃんもそこで育ったの?」
「私達一族は元々、皇帝付きの隠密だったのですが、陛下が幼少期にお母様と後宮を出る際、お供に付く事になったそうです。
ですので、今は個人的に陛下の指示で動く隠密です。ちなみに私はその村で生まれました。」
「だから、2人はまるで兄妹のように仲が良いのね。」
腑に落ちたように姐様が言う。
「仲が良いとはちょっと違うぞ。腐れ縁と言うべきか仕方なくだ。」
陛下がそう言ってくるから、
「私だって、出来ればずっと姐様の付き人でいたいです。陛下の警護は無理難題が多くて大変なんですから。」
そんな愚痴をこぼしていると、何処からともなく風が吹いて来て…



