生まれたときから音を知ることができないわたしの世界は、言うなればまっしろだ。
「なあ、そういや娘はどうしたんだよ?ほら居ただろ、ショーガイ持った娘」
「そっちの部屋にいるんじゃない?って、これあたし嫌いって言ったじゃん」
「んあ?そーだっけ?わりーわりー」
2DKの団地。
片方はテレビやエアコンが揃っている6畳、もう片方はボロボロなカーテンさえ隠してしまう暗ったるい4.5畳。
蛍光灯がとっくに切れているため、襖から漏れた明かりを頼った4.5畳でわたしは生活している。
ぼうっと眺めていた襖が、開いた。
「はい、今日の」
ある程度は口の形から読み取れるが、それよりも前に投げつけられたビニール袋が顔に当たって落ちる。
形の崩れたあんパンひとつ。
これがわたしが今日、初めて食べるご飯だ。
お母さんはどうしてこんなふうになっちゃったんだろう。
お父さんがいなくなってから、人が変わったように別人になった。



