俺の中で、曇っていた綾のお母さんの姿が、鮮明に色づいた。
綾を抱きしめながら、命のともしびを消した、綾のお母さん。
愛する娘を守って空に消えた、ひとりの母親。
綾……お前はそれをわかっちょりながら、それでもなお、生きる使命を捨てようっていうんか。
「……綾」
涙をぬぐってゆっくり振り向き、再び綾と向き合う。
怯えたように、俺を見つめる綾。
「綾は……お母さんをどう思っちょるけん」
「……ママだよ……ずっと、ママでしかない……」
「なら、怖がる必要はないけん。綾は、お母さんのことを逃げ道にしちょるだけだ」
「……逃げ道……?」
「……綾はいつかひとりになるんが怖いから、生きることが怖いから……綾は生きようとしちょらん。弥生さんのとこへ行けば……楽になれると思っちょる」
「……っそんなことっ!」
「思ったことない? 一度も? ……ウソだが。弥生さんのとこに行こうと、思ったことあるじゃろ」
「……やめて……」
「楽になれるはずがない。死ぬってことなんだぞ、綾。……生きることに背を向けて、命がけで守ってくれた母親に助けを求めちょる」
「……やめてよっ……」
綾はギュッと目を瞑って、両耳を塞いで俯いた。
「お母さんのとこに行けば、楽になれると思っちょるか? そげんことして……お母さんはどう思うか……わかっちょるんか?」
「やめてっ!」
「逃げんなや!!」
ビクッと体を揺らして、涙がたまった瞳で俺を見上げる綾。
その姿に、俺も涙ぐんだ。
「逃げんな……頼むけん綾……」
頼むから……生きることから、逃げんで。



