「……俺スベっちょる?」
「ブハッ!」
ボソッと呟いた律兄に、思わず吹き出してしまった。
「ふふっ。やだ、お腹いた……あははっ」
「何笑っちょるか! 俺はなぁっ、ババァが心配、心配ってうるさいけん! ひと肌ぬいでやろうとなぁっ……って笑い過ぎだがっ!」
「律! 母親に向かってババァとは何かや!」
「あははっ……もっ……無理っ……ふっ……ふぇ……」
笑っているのに、涙が溢れる。
綾は逃げてた。
京がいなくなって、思い出が在りすぎるこの家から、目を背けてたんだ。
だけど、もう逃げない。
律兄の優しさを、日だまりの様なオレンジ色の優しさを、無駄になんかしない。
自分の気持ちに、素直に生きるよ。
綾はまだ、京が好きなの……。
「じゃあ……お邪魔しました」
何か恥ずかしい……。
玄関まで見送られて、落ち着きなく前髪を触る綾に律兄も京ママも、半年前と変わらない笑顔を見せてくれた。
「おー。また来いや」
「いつでも遊びに来んさい」
「ありがとう」
また、京の家に訪れるようになった。
秋が近い、夕暮れのこと。



