「俺、けい! 京都の京で“けい”だけん!」


その時初めて、京の顔をはっきり見た。口角を上げて、とても優しい目で綾を見つめていた。


け、い……。


その屈託のない笑顔を見つめたままでいると、京は首を傾げながら聞き返してきた。


「お前は?」

「え? あぁっ」


ハッと思い出したように、人差し指を地面につける。


「あや」


土に“綾”という漢字をなぞる。


学校では習ってないけど、パパが教えてくれたから書けるようになった。


「へー。ここでそんな洒落た名前おらんが」

「しゃ…?」

「俺4月から4年生だけん。綾は?」


きっと綾、今すごい顔してる。


初対面の人にいきなり呼び捨てなんて、考えられない。何とか答えようとして「同じ……」としか言えなかった。


「一緒か! じゃあ同じクラスになるかもだけん」

「お、同じクラスって……」


まさかとは思うけど。いや、でも、相当な田舎だし……。


「この辺りに住んどるんじゃろ? 小学校ひとつしかないけん。しかも4年生は2クラス」


顔の横でピースをつくり、さも当たり前のように言われた言葉にまた驚いた。


2クラスって!


「じゃーまた、新学期!」


それだけ言って立ち上がり、手を大きく振りながら京という男の子は去っていった。


「台風みたいな子だったね……」


それまで黙って見ていたパパが口を開く。綾も立ち上がり、もうずいぶん遠くに行ってしまった男の子の背中を見ながら呟いた。


「しかも暴風雨ね」


パパは「確かに!」と声を出して笑った。




この時は、気付かなかったんだ。


京が綾の心に、暴風雨をもたらしたことを。



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