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「じゃあそろそろ帰るね」
ケーキを食べ終わってのんびり過ごした後、綾が帰る準備をし始めた。
もう帰るんか……。
「一緒に行くけん」
「送ってくれなくてもいいのにー」
綾がわざと頬を膨らまして振り向く。俺は靴を履いて玄関のドアを閉めた。
「律兄がうるさいけん」
ぶっきらぼうに答えると、綾はふふっと笑う。
俺達は何を話すでもなく、ただのんびりと歩く。会話がなくても、この雰囲気が好きだった。
綾はどう感じちょるんかな……。
無性に知りたくなってしまい、抑えが効かなくなってきた時、不意に綾が言葉を発した。
「……ねぇ京。京はさ、どこにも行かない?」
綾は遠くを見て、俺の目も見ずに淡々と言った。だけど俺は気付いた。綾の声が、震えていたことに。
「ねぇ……教えて……」
綾が立ち止まり俺を見つめる。その目からは、今にも涙が零れそうだった。
……綾は、誰よりも悲しい思いを知っちょる気がした。
詳しくは知らんけど、去年の冬に「お母さんは空にいる」と教えてくれた。
「……昨日、ママの夢を見たの。真っ暗な場所で、ママがずっと歩いてるの。ママって呼ぶと笑って立ち止まってくれるのに、綾が走っても走っても追いつかないの。……そのうちママが見えなくなって、綾が……ひとりぼっちで残された……」
綾の目から、涙が零れ落ちる。
「……京は……いなくならない?」